2011年9月1日木曜日

岩崎稔・陳光興・吉見俊哉編『カルチュラル・スタディーズで読み解くアジア』刊行



 このたび本学の岩崎稔先生編著による『カルチュラル・スタディーズで読み解くアジア』が、せりか書房から刊行されました。

編者:岩崎稔・陳光興・吉見俊哉
編集:武秀樹
装丁:大熊真未
せりか書房 2011年7月30日
本体3000円 A5判・並製・317頁
ISBN 978-4-7967-0306-2

 本書は、2009年に東京外国語大学で開催された「カルチュラル・タイフーン2009/INTER-ASIA CULTURALTYPHOON」をもとに編まれたアンソロジーです。著者の顔ぶれは多士済々、語られるテーマも多面的です。本書冒頭には、この本の内容を俯瞰的かつ概括的に述べた岩崎稔先生の力のこもった文章が按配されています。その冒頭部分を以下に要約してみました。

(1)アジアの文化的状況は冷戦終結以降大きく変容した。そのためアジアのカルチュラル・スタディーズも大きな政治的コンテクストに規定されたものとならざるをえなくなった。
(2)そして、戦後アジアに多大な影響力をもったアメリカの軍事プレゼンスも再編を迫られた。つまり、これまであまり見えてこなかった戦争の記憶が見え始めてきたのだ。
(3)イギリスで始まったカルチュラル・スタディーズはサブカル研究から政治的覚醒に繋がっていった。アジアのカルスタも植民地支配の歴史と影響について、いま問わざるをえない。
(4)もうひとつ問わなければならないものが新自由主義である。新自由主義は、その性質上、記憶と歴史の根絶を必須とする。そのことを到底容認できないわれわれは、それも根底から問い直さなければならないのだ。

 これは、21世紀日本におけるカルチュラル・スタディーズの新たな産声、あるいはマニフェストにも聞こえます。この決意を体現しているのが文化運動体カルチュラル・タイフーン(※)であり、その結実が本書です。
 本書は、シンポジウムやイベントの成果物としてたびたび生産される論考集ではありません。それは、それぞれの執筆者たちが、運動とテクストとの間を何度も行きつ戻りつしながら形成した、あたかも台風の目のような渦の中から産み落とされた一冊だからです。

 次回2012年のカルチュラル・タイフーンは、広島で開催される予定です。本書を手にイベントにもぜひ足をお運びください。

※カルチュラル・タイフーンは、既存の学会やシンポジウムの形式にとらわれず、さまざまな立場の人びとが互いにフラットな関係で、発表や対話をおこなう文化イベントです。詳しくはこちら(http://cultural-typhoon.com/2011/about.html)。

■目次:
本書を編むにあたって 岩崎稔
第一部 出来事としてのカルチュラル・スタディーズ
東アジアのCultural Studiesとは何か 吉見俊哉
緊張と共に生きる――インター・アジア運動をめぐるメモランダムとして 陳光興
アジアにおける凡庸さと教育について ミーガン・モリス
「日本」におけるカルチュラル・スタディーズの水脈と変容――ヨーロッパ/東アジア/日本の結節点において ファービアン・シェーファ/本橋哲也
第二部 文化と政治の突端で
『アトミックサンシャイン』展覧会問題をどうとらえるか 毛利嘉孝
現代日本における排外ナショナリズムと植民地主義の否認――批判のために 柏崎正憲
日本人「慰安婦」被害者と出会うために 木下直子
「経済開発」への抵抗としての文化実践――施政権返還後の沖縄における金武湾闘争 上原こずえ
第三部 アイデンティティと可視化の問い
在日フィリピン女性の不可視性――日本社会のグローバル化とジェンダー・セクシュアリティ 菊地夏野
不可視化される“不法”移民労働者第二世代――トランスナショナルなつながりとエンパワーメント 鄭嘉英
「多文化共生イベント」におけるアイデンティティ・ポリティクスの現在――「マダン」の変容にみる〈ナショナルなまなざし〉の反転可能性 稲津秀樹
第四部 アジアのイメージ、イメージのアジア
不安の感性、金守子と李昢――グロテスクな魅惑の都市、二一世紀のソウル・アート 禹晶娥
映画のなかの沖縄イメージ――その複線的な系譜 多田治
「アメリカ」・モダニティ・日常生活の民主主義――占領期における女性雑誌のアメリカ表象 松田ヒロ子
第五部 メディアと公共性
越境する公共性――テレビ文化がつなぐ東アジアの市民 岩渕功一
フィリピンにおける日本製アニメの人気と両国関係 マリア・ベルナデット・ブラヴォ
ファンの地下経済活動――ジャニーズファンを例に 龐惠潔
あとがき

■編者紹介:
陳光興(Chen Kuan-Hsing)
1957年、台北生まれ。台湾交通大学社会文化研究所教授、『インターアジア・カルチェラル・スタディーズ(Inter-Asia Cultural Studies: Movement)』主幹。著書に、Asia as Method: Toward Deimperialization, Duke University Pressなど。

吉見俊哉(よしみ・しゅんや)
1957年、東京生まれ。東京大学大学院情報学環教授。社会学、文化研究、メディア研究。著書に『カルチュラル・スタディーズ』(岩波書店)、『親米と反米』(岩波新書)など。

岩崎稔(いわさき・みのる)
1956年、名古屋生まれ。東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。哲学、政治思想。共編著に『東アジアの記憶の場』(河出書房新社)、『記憶の地層を掘る』(御茶ノ水書房)など。