第2回目の書肆探訪は東京都江東区の地下鉄清澄白河駅にほど近い「しまぶっく」です。1回目に取材した「
高美書店」とはうってかわって、今年の9月23日に開店したばかりの新しい書店です。いわゆる新刊書店ではなく、古書を中心に新刊の洋書や絵本、さらには雑貨も取り揃える古本屋さんです。
店主は、昨年の9月まで青山ブックセンター(ABC)にお勤めになっていた渡辺富士雄(わたなべ・ふじお)さん。これまでたくさんのフェアを企画し、多くの読者の読書意欲をかき立て、時には挑発し、時には唸らせてきた名物書店員さんです。
渡辺さんは早稲田大学卒業後、就職された専門学校が経営していた書店にお勤めになります。ここで書店の魅力に引き込まれます。けれども社内での人事異動にともない書店から離れることに。ところがいったん花開いてしまった書物への情熱はもうとどめようがありません。専門学校をすぐに退職。そして1987年にABCに入社。そのとき渡辺さんは27歳。本格的な書店員人生がここからスタートします。
そこから10年間ABC六本木店にお勤めになりますが、いろいろな書店を見てみたくなったこともあり、97年ジュンク堂書店東京進出を機に転職。ジュンク堂書店池袋本店を経て、99年に大宮店初代店長に就任。しかし、ここでのお仕事は店長職ということもあり、書物や書棚や読者からはやや距離を置いた、職場管理の仕事が中心にならざるをえませんでした。直接自分の手で書棚を育てていく仕事がしたい、との強い思いがつのり、ジュンク堂書店を退職。東京ランダムウォーク神田店、赤坂店を経て、ABCに復職。2009年9月ABC六本木店退職後、1年間の準備期間を経て、2010年9月「しまぶっく」を開店されました。
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そんな「しまぶっく」を写真とともにご紹介します。
もともと八百屋さんだったこともあり、間口がとても広く開放感があります。天気の良い日は、50円均一や100円均一の本箱が、歩道にたくさん並びます。
入って左手の新刊の洋書や絵本のコーナーです。近くにインターナショナルスクールがあり、思いのほか売れています。来店されるお客さんは、小さな子どもからお年を召された方までとても幅広いです。週末は、観光客、地元のご家族連れでとても賑わいます。
並んでいる本のジャンルは多岐にわたります。英米文学、フランス文学、イタリア文学、南米文学、世界中の文学作品があります。詩集のコーナーも充実しています。田村隆一さんの詩集が5、6冊あったのが印象的でした。ともかく充実の書目が並びます。この雰囲気はなかなかお伝えできませんので、お近くをお通りの際はぜひ実際にご覧になってください。
ちなみにこの日私が購入したのは、『街場のメディア論』(内田樹著/光文社新書)、『デレック・ウォルコット詩集』(徳永暢三訳/小沢書店)、『ジョルジュ大尉の手帳』(ジャン・ルノワール著/野崎歓訳/青土社)、そして『フェルナンド・ペソア 最後の三日間』(アントニオ・タブッキ著/和田忠彦訳/青土社)でした。
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最後に、渡辺さんと2、30分ほどお話しをさせていただきました。その一部をここに掲載します。書店に対する渡辺さんのお考えが忌憚なく述べられています。
────今年になって電子書籍の波がより強く押し寄せてきていますが、どう思われますか?
【渡辺】 どうもこうもあれは本ではありません。ボクは本屋さんなので、電子書籍を今後どうしていこうなどとは、まったく考えていないです。電子書籍にかかわらず、電子的なもの──たとえばネットやブログやツイッターやフェイスブックなど──をそもそも重視していないんです。ブログやツイッターなどにかける時間より、自分は実際に本に触れながら書棚に向き合う時間を大切にしたい、と思っています。
────とはいえ今やどんな小さな書店でもブログのひとつやふたつ持っているものです。そこには何か特別なお考えがあるのですか?
【渡辺】 いろんなメディアが身近にあって、さまざまな発信方法がありますけど、本屋にとっての一番のメディアはお店そのものなんです。その中でも特に書棚です。一見すると本が並んでいるだけのように見えますが、サーッと一瞥してみてくださいよ。背表紙や装丁や本の並びから発せられる情報が豊饒なことにお気づきになると思います。そして手に取ってみてください。当然その本の厚みや重さを感じますね。この感触もとても大切なんです。さらに中身を見てみるとその情報は多様に分岐し、どんどん連関していきます。何か情報を発信する必要があるのであれば、この書棚からしていけばいいんです。
書棚づくりは、ボクにとっても実験につぐ実験です。まだまだいろんな可能性があると思っています。書店員がここを追究していかないで、いったい誰がするのでしょう。ここをおろそかにしてしまっては本末転倒です。
────ほかに「しまぶっく」の特色はありますか?
【渡辺】 ふつう多くの古本屋がしているお客さんからの買い取りを一切していません。ネット販売もしていません。ブログもしていません。ツイッターもしていません。ホームページももっていません。あとイベントもしていません。とにかくボクは愚直に本を仕入れて、書棚に並べ、お客さんの目の前で売っていきたいんです。
先ほどのお話にも通じますが、これは身体としての書店、書棚、書物を信じているからなんです。ボクのこういった考え方の奥底には、今福龍太さんが昨年書かれた『身体としての書物』(小会・2009年)が流れています。もちろんボクなりの勝手な解釈も入っていますが、この著作の本質をできるだけ実感し、実験し、実践していきたいんです。『身体としての書物』は、書店員にとってアイデアの宝庫ですよ。
この前までウチにも一冊あったんだけど、売れてしまいました。まだ読んでいない方がいらっしゃったら、ぜひ手にとって読んでいただきたい。オススメの一冊です。
────ちょっと話は戻りますが、一般的な古書店はお客さんからの買い取りを重視しますよね。売ることよりもまず仕入れることが大変で大切だと言われています。お客さんから買い取りをしないで、どのように仕入れているのですか?
【渡辺】 神保町を中心に、近郊の古本屋に毎日のように通いセドリをしてきます
────毎日セドリですか!?
【渡辺】 はい。体力的にとてもつらいです。でもこれが本当に楽しいんですよ。毎日のように神保町に行ってセドリをしていると、まれに通りかかった書棚から風が吹いてくることがあるんです。その風が吹いてくるところを見てみるとだいたい良い本があるんです。ボクはこの風を、本の島から吹いてきた島風だと言っているんです(笑)。一冊一冊の本が小さな島のようなものです。そこから島風が吹いてきて、ボクの頬をスーッと撫でていくんです。その島々をあつめて群島書店をつくりたい。これがボクの夢です。この島風、電子書籍からはぜったいに吹いてきません!
昨年の9月ころABC六本木店で、今福さんの『群島──世界論』(岩波書店・2008年)という本に触発されて、この本で取り扱われている書物を集められるだけ集めてフェアをしたことがありました。その時は、本と本との間に蝶の標本をちょっとおしゃれに並べたりもしました。これがボクにとってのABCでの最後のフェアでした。とても好評でした。いまから思えばこのフェアが、ボクの書店員としての第二のスタートでした。
こうして「しまぶっく」を開店しているのも『群島──世界論』という書物との出会いと、あのフェアを開催しようと思いたった一瞬のひらめきがあったからだと思っています。この一冊の本と一瞬のひらめきに、とても感謝しています。
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【しまぶっく】
住所:〒135-0022 東京都江東区三好2-13-2
TEL/FAX:03-6240-3262
営業時間:11:00〜20:00
定休日:月曜日
※地下鉄清澄白河駅A3出口を左に曲がり「清澄通り」を進みます。そして左手の「深川資料館通り商店街」に入ります。東京都現代美術館方向に3、4分進むと右手に間口の広い「しまぶっく」が見えてきます。駅から5分ほどです。
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次回の更新日は、年も押し迫った12月28日を予定しています。楽しみにお待ちください。
(K)