ラベル 書肆探訪 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 書肆探訪 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2012年7月4日水曜日

沖縄県那覇市「市場の古本屋 ウララ」──書肆探訪⑤


久しぶりのショシタンです。大変ご無沙汰しておりました。
前回取材した北の地札幌の「書肆吉成」から、今回は一気に南へ移動し、取材に訪れたのは那覇にあります「市場の古本屋 ウララ」です。
店主の宇田智子さんは、もともとジュンク堂書店の書店員でした。2009年4月、入社以来7年間勤められた池袋本店から、新規オープン間近の那覇店に自ら希望を出し異動され、2011年8月に10年ほど勤められたジュンク堂書店を退職されます。そして、その年の11月にひとりで開店されたのが、この「市場の古本屋 ウララ」です。
日本一大きな書店から、日本一小さな古本屋へと転身された宇田さんにいろいろとお話をうかがってきました。

────まず、そもそもなぜ沖縄への異動を自ら希望されたのでしょうか?

【宇田】ひとつは、店を一からつくってみたかったからです。池袋本店にいながら新規出店に関わる機会はたくさんあったのですが、いつも開店前だけ手伝って帰らなければならず、そのあとどうなったのかが気になっていました。
もうひとつは、神奈川に育ち、東京で働いて、他の地域をまったく知らなかったので、違うところに行ってみたかったんです。どうせなら遠くがいいなと思いました。
そして、沖縄県産本というものが質量ともにはかり知れず、これを地元で売れたらおもしろいだろうな、とあこがれていました。

────なるほど。ちなみに店名のウララにはどういった由来があるのですか?

【宇田】店の名前はギリギリまで決まりませんでした。漢字を組み合わせた名前や外国語の名前も考えましたが、パッと見て読めない、一回で聞き取れないのは困ると思って。市場のなかだからいろいろな人が通ります。誰でもすぐ覚えられるのがよかったんです。
周りのお店は「浦崎漬物店」とか「大城文子鰹節店」とか名前そのままなので、「宇田書店」にすれば? と言われました。せめてもうひとひねりと考えていたら、ふと「ウララ」が浮かびました。小学生のころに山本リンダの「狙いうち」を歌われてからかわれた思い出があるのですが、あえてそのトラウマを克服しようとも思いまして(笑)。

────なかなかステキな店名ですよ! さて、開店からはや8ヶ月。新刊書店での経験と古本屋での経験とでは、本を売るという点では同じであっても、その体験はまったく別物で、戸惑われたところもあったのではないでしょうか?

【宇田】本が売れても次にまた入るかどうかが分からない、というのが何よりツライです。これぞ! と思う本が売れたときはうれしい反面、「ああ、もう出会えないかもしれない」と悲しくもなります。

────では、これまでの古本屋経験で楽しかったことはありますか?

【宇田】自分の人間関係が棚に反映されるのがおもしろいです。新刊書店ではお客様からのご注文やお問い合せを参考に本を発注して棚をつくりますが、古本屋は「お客様の本」がそのまま並びます。要するに、お客様によって本屋が、そして書棚がつくられていくということです。やっていくうちにそうしたことに気がついていきました。
ですから、買取した本は、自分の趣味や興味に合わなかったとしても、できるだけお店に出すようにしています。たくさん古本屋があるなかで「ウララに売ろう」と決めてくださったということは、その本にはどこかしらウララの雰囲気に合うなにかがあるはずだと思っています。そうした本のなかには知人、友人、そしてジュンク堂書店時代の同僚が譲ってくれた本もあります。
古本の仕入れはお客様からの買取と業者の市が中心です。買取の依頼がそうたくさんあるわけではありませんし、買取や市で欲しい本が手に入るとも限りません。選り好みはしたくてもできないわけですが、そのことを前向きにとらえたいです。
だからこそ、私を取り巻くいろいろな人たちの本をたくさん置かせてもらって、一緒に「ウララ」をつくりたい。そう思っています。
「お客様が棚をつくる」とは新刊書店でもよく聞く言葉です。それは心構えとして教わる言葉でもあったのですが、古本屋の場合は物理的にそうなのです。お客様とのこうした接点、関係、感触が、いまとても新鮮でおもしろいです。

────ある分野に特化して古書を集める古本屋が多いなか、ウララが人との強い関係からお店や書棚を構成しているというのは、とてもおもしろいです。
そのほかにもなにか特色などありますか?

【宇田】まず、那覇の牧志公設市場の向かいにあるという点です。お土産を探す観光客もいれば、日々の食材を買い求めにいらっしゃる地元の方々もいます。そういった意味では他の本屋と比べて客層がちょっとかわっているかもしれません。
そうしたこととも関係しているのですが、二つ目の特色として沖縄本に力を入れています。
そして最後の三つ目がもっとも特徴的かもしれないのですが、日本でも一番(?)なくらいに狭いことです。店内が3畳で、路上にはみ出しているのが3畳分です。ですから棚も私も路面に出てしまっています。だからかもしれませんが、本を買う気のない人が、ふと立ち止まってくれることが多いです。

────本を買う気のない人がふと立ち寄ってくれる、というのは、世間話をしに、ということですか?

【宇田】いえ、本屋なので、本を見に。買う気のない人というより、買うつもりのなかった人ですね。食べ物を売っているなかに突然本屋があらわれるので、驚いてつい立ち止まる人が多いです。路面の棚には沖縄の本を置いているので、観光客も地元の方も興味をもって手にとり、もちろん買ってくださることもあります。なかには「今日は暑いね」と話しかけて通り過ぎていく方や「国際通りはどっちですか?」と聞いてくる方もいらっしゃいますが。
狭くて、沖縄にあって、人通りが多いという特殊な条件のもと、いまなんとか売上を立てています。当分はこの場所でがんばっていきますが、いつか限界が来るのか、とも思います。
とにかく狭いので、なんでもかんでも置いておくことができません。古本屋につきものの均一棚もなければ、豪華本を置けるようなスペースもないので、仕入れにもブレーキがかかることがあります。

────商い的には大変なところがたくさんあるかもしれません。けれども、ウララがもっている「狭い」「沖縄」「人の通りが多い」という特色は、じつは宇田さんもウスウス感じていらっしゃると思うのですが、そこには本屋としての可能性が潜んでいるのではないでしょうか。こうした制約や限度や限界があるからこそ、創造的な試みができるのだと思います。むしろまずはそこに立ち返ってみなければ何もはじまらない。
一見するとマイナスに見えるこの特色を逆手にとって、ぜひウララで存分に躍動していただきたいな、と思っています。そのためでしたら、私も微力ながら力をお貸しします。

【宇田】ありがとうございます。
沖縄の古書組合の市で出品されるのはほとんどが沖縄の本です。東京に行けばあらゆるジャンルの本が取引され、古文書や骨董のようなものも扱われているでしょう。いまとはまったく違う古書の世界があるのだと思います。だから正直なところ、私が古本屋を名乗るのははばかられます。

────それは、ウララは「古本屋」という枠組みでは簡単にくくることのできない可能性をもった「本屋」である、ということなのだと思います。
「古本屋」の多くは古書市などで自分のお店の傾向にあった本、あるいは売れそうな本などを店主の目利きによって仕入れますよね。そしてお店をドンドン個性的にし、他のお店との差別化をはかっていきます。こうした手法で、おもしろく、かつそれなりの売上げをあげるには、東京をはじめとした大都市のようにもともと仕入れ先が潤沢であることと、古本屋としての長年の経験に裏打ちされた眼力が必要です。「ウララ」はそうしたある意味で正当な古本屋経営の必須条件をもたず、心意気としてもその道を歩むことをよしとしないのであれば、この「古本屋」のキモでもある「仕入れ」に、「本屋」としての一計を案じてみなければならないかもしれません。

【宇田】たしかにそうですね。その「仕入れ」にも関係してくると思うのですが、すこし前から考えていたアイデアがありました。それは、「一箱古本市」(註1)に、以前後藤さんが前職でやってらした「三冊屋」(註2)というフェアの要素をすこし混ぜ合わせたような企画です。
まず、参加者から何かのテーマでセットにした三冊の本と、テーマと紹介文を書いたPOPカードを送ってもらいます。それを店の棚一列に並べて何週間か販売するというフェアです。古本屋のイベントといえば「一箱古本市」が有名ですが、このフェアは、その単位をもっと小さくしたバージョンです。「一箱古本市」だと店番をしなければなりませんし、なにより一箱分もの本を選び、売らなければなりません。このフェアだとその必要もありませんし、より参加しやすいのがいいと思いました。そしてPOPカードを添えることで、出品者の生の声が聞けるという点がよりおもしろいと思います。古本は価格設定が自由なので、新刊でやるよりはお手ごろな価格にできるという利点もあります。価格は出品者に決めてもらいたいと思っているので、1000円均一などもおもしろいかもしれませんね。

────なるほど、いいですね! これまでの古本屋にはなかった新しい仕入れ、見せ方、売り方に、お客様や読者とともに挑戦できますね。
こうしたアイデアが生まれた根底には、やはり「狭い」「沖縄」「人の通りが多い」といった古本屋としては恵まれてはいないかもしれない要因が、少なからずあったのだと思います。こうした要因をたまたまあった偶然から、積極的な必然へと転換できれば、ウララはよりおもしろく、よりらしくなっていくと思います。
やはりお客様や読者、つまり人との関係がウララを成り立たせているのですね。この大切な要素をいっそう育んでいくために、これからはイベントのようなものも織り交ぜ、人と本との間をドンドン繋いでいければいいですね。

【宇田】そうですね。いまの私は、本を媒介にした人とのかかわりに関心が向いているのだと思います。ですから、広い店に移り、従業員を使い、東京の業者とも渡り合いながら一人前の古本屋になりたい、という気持ちはいまのところありません。たとえ場所が変わり、もう少し広くなったとしても、商店街のなかの小さな本屋でいたいという気持ちです。

────あくまでも地元密着型の本屋ですね。私の知り合いで宇田さんもご存知の東京の清澄白河で「しまぶっく」という古本屋をやっている渡辺富士雄さんも同じようなことをモットーにされています。地元の読者との関係を大切にされています。
日本有数の大型店であるジュンク堂書店の那覇店で副店長までされた宇田さんが、いま対極にある小さな本屋さんを目指されている。この触れ幅はとてもおもしろいと思います。おそらくこのジュンクとウララの間には、先ほどのフェア企画のアイデアのほかにもたくさんの可能性が潜んでいると思います。宇田さんは人と本の間、ジュンクとウララの間を豊かに経験されているので、こうした体験をもとに、なにか書いてみたり、話してみたり、イベントを企画したり、ワークショップなどもしてみたり、といろいろチャレンジしてみてはいかがでしょうか?

 【宇田】まずは小さなことからコツコツと、ではありませんが、通りがかった人が「探している本があるんだけど」と声をかけてくれて、ここになくても取り寄せて連絡をする、といったこともやっています。これは思った以上に頻繁にあります。インターネットが使えない方は、新刊書店で「品切れです」といわれたらその先どうしたらいいか途方に暮れてしまうようです。そういう人にも敷居の低い、便利な本屋でありたいです。

────本の便利屋さんですね。

【宇田】栃折久美子さんの『森有正先生のこと』(筑摩書房)を読むと、栃折さんは森有正の秘書でも恋人でもないのに、求めに応じて本を探したり、ときにはシャツや下着まで代わりに買いに行っています。本のタイトルや著者が多少まちがっていてもなんとなく見当をつけて見つけられる、ときには出版界の人脈を生かして多少の無理も通せる栃折さんを、森有正は心から信頼していたようです。これくらい細やかな本屋になれたら、というのがひとつの理想です。商売としての線引きは難しそうですが。

────たしかに商売としての線引きは難しそうです。商売といえば、店舗をもちながらネットでの販売もしている古本屋が多いと思います。宇田さんはアマゾンなどでのネット販売は検討されていますか?
そういったネットなどの力も借りつつ、ウララが沖縄と本にとっての玄関のようなものになっていけばいいですね。

【宇田】アマゾンにもじつは出品しています。ただ、店に出しにくいジャンルの本が中心で、家の在庫をさばくために利用している感じです。
沖縄本はそもそもアマゾンにデータが存在しないものがたくさんあります。いま沖縄の新刊書店で流通している本でさえもです。ジュンク堂にいたころはそういった本をドンドンジュンク堂のHPに登録していき、少しでも沖縄本の情報を県外に発信しようとがんばっていました。
ウララは在庫がそれほど豊富ではありませんし、店に来るお客様を最優先したいので、ネットは二の次になっています。ウララの本が見たければ沖縄に来てください、と言ったらえらそうに聞こえますけど、でも、普通のことですよね。
あとは、古本屋ではあっても出版社や著者の方とのつながりをもち、直に仕入れていきたいです。新刊の掛けは古本に比べて高く、私もたくさん売る力はないので、お互いに利益は薄いのですが、作り手と現在進行形で関わりながら本を売れるのはとても楽しいことです。小さい店だからこそお客様の目にとまるようにもできますし、いろいろな人とつながり、またつなげていけたらと思います。

────ウララのなかで宇田さんオススメの本や書棚がありましたら、お教えいただけますか?

【宇田】まずは、あちこちでしつこく言っていますが、花田英三さんの詩集『坊主』。東京にいたころ、出版社のボーダーインクのホームページを見たら、トップページに新刊として書影が載っていて、その帯のなかの詩にやられました。
沖縄に来てから、花田さんが参加されている「EKE」の同人の方と知り合って、集まりに顔を出させていただき、気がついたら私も同人になっていました。ウララ開店前には花田さんのお宅にうかがって著書を預からせていただいたり、歩くのが大変なのに店を見に来てくださったり、とてもお世話になっています。
詩集は書店では隅に追いやられがちですが、狭い店で大きく展開するとイヤでも目にとまるらしく、たまたま手に取った方が「おもしろいですね」と買ってくださったりします。花田英三を日本で一番売る本屋を自負しています。

次は若い人たちがつくっている地域情報誌「み~きゅるきゅる」。7号まで出ています。
開南、むつみ橋通り、牧志公設市場衣料部・雑貨部など、観光客は名前も知らずに通り過ぎるような場所を特集していて、生活感がとてもおもしろいんです。いままでは場所をテーマにしてきたのですが、次の8号で「ユッカヌヒー」という旧暦5月4日の玩具市の特集を組むことになり、私も調査に参加しています。
先日は糸満のハーレー(毎年旧暦5月4日に行われる海の恵みに感謝し航海の安全と豊漁を祈願する祭り)を見に行って、出店で売られているおもちゃを観察したり、通りがかったおじいさんに話を聞いたりしました。「EKE」も「み~きゅるきゅる」も、愛着をもって売るうちに、いつの間にか作る側に巻き込まれていました。ありがたいことです。

最後は「リトケイ」。離島経済新聞社がつくっている季刊タブロイド紙で、日本の有人離島のいろいろな情報が載っています。
ネットで発刊を知って気になっていたのですが、沖縄だけを扱っているわけでもないのでしばらく躊躇していました。でも、1部150円だしと思い切って入れてみたら、「飛ぶように」と言いたい感じで売れました。見た目がカラフルで手に取りやすいところがウララの店頭にとても合っていたんです。特に若い観光客は離島にすごく興味をもっているみたいで。
いま全国で地域に密着したミニコミやフリーペーパーがドンドン出てきていて、離島経済新聞社さんはそれをつなぐ活動をされていかれると期待しています。
小さい出版社と小さい本屋がそれぞれ島のように特色をもっていて、ドンドン結びついていけたらおもしろい。後藤さんも関わられている「本の島」(註3)を、目に見えるかたちにしてみたいです。

こういう質問をされて、古本ではなく新刊ばかり挙げてしまうのが古本屋としてダメなところだと思います。でも、今日のインタビューで後藤さんがコメントしてくださるのを聞いていたら、それでもいいのかなと思えてきました。本を書いている人やつくっている人がいて、売りたいのなら応援したい。最初から古本屋だったら目の前の本のことだけ考えたかもしれませんが、どうしても本のうしろにいる人のほうが気になってしまうんです。「市場の本屋」にしたほうがよかったのかも…。

────なるほど。では、「ウララ」の2店舗目は「市場の本屋」にしましょう(笑)。
おっと、日が陰ってきました。そろそろお酒がほしい時間ですね。2店舗目計画のとっておきの秘策は、泡盛片手に市場の方たち交えて練りましょうか。


註1:参加者がみかん箱サイズの箱に売りたい本を入れ、不忍ブックストリート内の協力店舗の前に並べて販売する青空古本市のこと。現在は、全国各地で「一箱古本市」という名で古本販売イベントが開催されている。
註2:「本は三冊で読む」を合い言葉に、本を三冊組み合わせ、そのセットをいくつも並べたイシス編集学校プロデュースのブックフェアのこと。
註3:編集者の故・津田新吾氏が、構想したインディペンデント・ブックレーベル「本の島」。その構想を、書物の書き手、作り手、売り手、読み手がそれぞれの場所で創造的に受け継いでいきながら、あたらしい出版文化のありかたを模索する共同プロジェクトのこと。


【市場の古本屋 ウララ】
900-0013 沖縄県那覇市牧志3-3-1
E-mail:urarabooks(a)gmail.com
営業時間:11:00-19:00(火曜日定休)
URL:http://urarabooks.ti-da.net/


(取材・文/後藤亨真)


2011年9月22日木曜日

北海道札幌市「書肆吉成」──書肆探訪④


 このたび取材に訪れたのは、「書肆探訪」第二回でご紹介した「しまぶっく」(東京都江東区)につづく古本屋「書肆吉成」です。「書肆吉成」は今年で開店5年目をむかえた札幌の古書店です。店主の吉成秀夫さんは、1977年に北海道斜里郡清里町で生まれた生粋の道産子。高校卒業と同時に札幌に引っ越し、1997年に札幌大学文化学部に入学されます。そこで運命的な人と本との出会いがありました。この出会いの数々がなければ、「本とのかかわりはもっと希薄なものとなっていたし、ましてや古本屋さんには絶対になっていなかった」とのちに吉成さんは述懐されています。吉成さんはいったいどのようなきっかけで書物の魅力にひき寄せられ、古本屋を営むことにいたったのでしょうか。また、古書店が発行する定期刊行物のなかで極めて異彩を放っている「アフンルパル通信」は、いったいどのような過程をへて刊行されるにいたったのでしょうか。札幌古本界の旗手・吉成秀夫さんにそのあたりのお話をうかがってきました。


本に魅せられたきっかけは?
 書物との出会いの前には、かならずと言っていいほど、まず人との出会いがあると勝手に思っています。なぜそう思うのか? じつはわたしにもそんな出会いがあったからなんです。その当時、札幌大学文化学部の学部長を歴任されていた文化人類学者山口昌男先生との出会いです。

 わたしは1997年に札幌大学文化学部の一期生として入学しました。そのとき文化学部の根幹の講義として山口先生の講義がありました。この講義のテキストにはホイジンガの『ホモ・ルーデンス』(中公文庫、1973)が指定されていたのですが、山口先生は興味の赴くままに縦横無尽に話されていたように記憶しています──このときの講義は『学問の春』(平凡社新書、2009)として刊行されています──。
 これが山口昌男先生との関係がスタートした瞬間でした。

 山口先生は昭和6年に北海道美幌に生まれ、網走南ヶ丘高校の前身である網走中学を卒業しましたが、この学校はじつはわたしの母校でもあるんです。あとで知ったことなんですが、山口先生はわたしの遠い大先輩だったんです。山口先生は、東京都立大学(現首都大学東京)の大学院で人類学を馬渕東一氏から教わって、アフリカのナイジェリアにあるイバダン大学で教鞭を執り、そのあとアフリカをフィールドに山口人類学をますます深化させます。こういったプロセスのなかから名著がつぎつぎ生みだされます。たとえば『人類学的思考』(せりか書房、1971)や『本の神話学』(中央公論社、1971)、そして『道化の民俗学』(新潮社、1975)などです。これらはどれもこれまでみたことも聞いたこともない知識を駆使した稀有な書物でした。

 わたしは、山口先生が主宰する読書会に参加しながらこれらの著作を読んでいきました。山口先生を媒介に接したこれらの書物が、いまのわたしを形づくっています。なかでも特に書物への扉を大きくこじあけてくれたのが、その当時ちくま学芸文庫から出ていた山口先生の主著『道化の民俗学』(1993)でした。
 この本では、古今東西さまざまな笑いを振りまく「道化」や「トリックスター」が文化史としてではなく民俗学として描かれていました。つまり日常生活を「物語」と「社会構造」がまざりあった文化としてとらえる手法で書かれてありました。道化はありとあらゆる失敗をするのですが、そういう存在こそが、価値観の固定化した社会を揺るがし、これまで気づかなかった別の側面をみせ、文化を活性化させる貴重な役割を果たしている。そのことがこの山口先生の本にはとても力強く書かれていたんです。こんな痛快な読書はそれまで体験したことがありませんでした。

ヤマグチワールドからブックコスモスへ
 そのあとも青森まで山口先生といっしょに寺山修司のシンポジウムに行ったり、いろいろと貴重な体験をさせていただきました。ヤマグチワールドにどんどん入っていき、本の世界にも引きこまれていった時期でした。

 山口先生が中心となって、毎回多彩なゲスト講師を招いて開催された札幌大学北方文化フォーラムも欠かさず出席し、文化の中枢を担う人たちの講義を聞いていました。柳瀬尚紀さん、内田繁さん、宮内勝典さん、松岡正剛さん、秋山祐徳太子さん、原広司さん、西谷修さん、安彦良和さん、多和田葉子さん、ノーマ・フィールドさん、柏木博さん、田中泯さん、種村季弘さん、細江英公さん、巖谷國士さん、岡本敏子さん、管啓次郎さんなど、いま思いだせるだけでもこれだけの方がいらっしゃっていました。これがきっかけとなって出会った本もかぞえきれないほどあります。

 そして毎日のように札幌大学にある山口文庫──山口先生の蔵書6万冊を集めた文庫です──に入りびたり、お昼休みに山口ゼミにも参加し、夏休みにはゼミ合宿。本当にたのしい学びのときを過ごしました。このような勢いで毎日を過ごしていると、身の回りがいつのまにか書物で溢れかえります。いつしか本が名実ともに身近なものになっていきました。

古本屋たちあげの契機とは?
 こうした書物三昧の日々を送っていくなかで、「古本としての書物」が、にわかにわたしに迫ってくる出来事がありました。それは北方文化フォーラムに、評論家の坪内祐三さんと古書店「月の輪書林」の店主高橋徹さんが講演に来たときでした。そのとき高橋さんは緊張していたのか、坪内さんばかりが話を進める不思議な講演でした。次の日、山口先生と坪内さんと高橋さんとで、当時札幌駅のすぐ近くにあった「そごう」で開催されていた古本市に行きました。わたしにとっては生まれてはじめての古本市。張りつめた空気のなかで古本が売り買いされているさまは、まるで賭場にいるかのようでした。わたしはその雰囲気にすっかり舞いあがってしまいました。けれども山口先生、坪内さん、高橋さんにとっては主戦場です。百戦錬磨です。お目当ての本を、それこそ獲物をしとめるハンターのように射止めていきます。わたしも本を手にとりめくったりもするのですが、おもしろそうだとは思いつつも自信がありません。また元の位置に戻してしまう。あとになって喫茶店で「戦利品」を見せあうのですが、そのとき坪内さんが「君、この本に見覚えある?」と、先ほどわたしが手にしていた本を見せてきました。「はい、あります」とこたえると「この本は、コレコレこういう本で、なかなかいい本だったんだよ。きみが買わないから、結局はぼくが買ったんだけどねぇ」といわれてしまい、口惜しい思いもありながら、ほとほと感心してしまいました。

 わたしがもともと抱いていた古本への強い関心と憧れが引きがねとなってしまったのか、そのお話のときに衝動的に「ボクも将来古本屋さんになりたいです!」と宣言してしまいました。けれども坪内さんと高橋さんは、「わるいことはいわないから、それだけはやめたほうがいい!」という。喜んでくれると思っていたわたしはとても驚きました。しばらく経ってわたしは「みんなは、おもしろそうに本の世界でワイワイやっている。にもかかわらず、ボクがそれに加わろうとすると止めようとする。これにはなにかウラがあるに違いない。秘密にしなければならないほど、きっとこの世界はどんなにか楽しいにちがいない」(笑)と思うようになりました。そんな出来事があって、わたしはますます古本に惹かれていきます。いま思えばこのときの坪内さんと高橋さんとのやりとりが古本屋を生業とする大きな一歩となりました。こんなやりとりを山口先生はニコニコ微笑みながら見ていました。

書物と群島
 札幌大学でもうひとり大きく影響を受けた方がいました。今福龍太先生(現東京外国語大学大学院教授)です。わたしのなかであたらしい世界の扉がドドドッと音を立てて開かれていきました。今福先生の思想は、既成概念やステレオタイプな思いこみ、または虚飾やエゴみたいなものを脱ぎ捨てます。さまざまな社会状況に苦しむ人びとの文学をとおしていろいろ考えさせられもしました。「書物こそが人間の実存と歴史を真正面から受けとめる媒体だ」と強く思ったのを憶えています。

 今福先生は、わたしが大学を卒業した翌年(2002)から「奄美自由大学」をはじめました。これは奄美群島を巡って、島に生きる知恵を体感する移動学舎として、おおよそ年に一度開催されています。三回目の奄美自由大学のときです。奄美大島の網野子という集落での出来事でした。そこの海に面した広場で朗読会をおこなったことがありました。そのとき、わたしは手もちの古本を堤防に並べて露店の古本屋を開きました。すでにこのころには札幌の「伊藤書房」という古書店で独立を目指して修業をしはじめていました。自分の古本屋を奄美からスタートさせようと思ったんです。ただ本はものすごく重いですし、強い日ざしや水にも弱い。本と海と太陽……。一見するととても不釣りあいです。ですが、そのときなんとも気持ちのよい風がフワーッと流れてきたように感じました。会場にあった力石とガジュマルを囲んで聴こえる島口、そしてそのときゲストとしていらっしゃったトリン・T・ミンハさんと高良勉さんらの朗読の声、これらがとても本とマッチしていたのです。本にとっては過酷な環境であるにもかかわらず、本と太陽と海と風と声が、なぜこうも気持ち良く重なりあったのか……。これはいまもって分かりません。これからも本とかかわりながら生きていくわたしにとって、あの瞬間は謎であって、でもこれからの目標のようなものでもあって、夢みたいなものです。ああいった場をいつかつくりたいと思っています。

 
撮影:濱田康作

いよいよ「書肆吉成」が開店
 「書肆吉成」という名前は、詩人の吉増剛造先生につけていただきました。吉増先生は、年に一回、札幌大学に集中講義にきてくださっていました。わたしは大学を卒業してからもニセ学生(笑)として毎年聴講しつづけました。吉増先生は奄美自由大学にも毎回ゲストとして参加されていたので、札幌と奄美とで最低でも年に二回はお会いしていました。そんなあるとき、古本屋として独立したいと、先生に告げました。とても心配していただき、それだけでなく、さまざまなご助力もいただきました。これは本当に光栄なことで、尊敬する詩人に名前をつけていただいたのですから、名に恥じぬ店にしなくてはとわたしも必死です。大げさにいってしまえば、店の実態など問題ではなくて、むしろ「書肆吉成」という名前のなかにこそ本屋魂が宿っている! そうわたしは思っています。このご恩、いつかお返ししたいと思っています。

 店舗を札幌にかまえたのは2009年です。それまではネットでの販売を中心としていました。お店の広さは25坪で、だいたい4万冊を本棚にならべて販売しています。特徴的なのは、アイヌ関連や北方文化関連を多く取り揃えているところです。特におすすめするのは写真集・建築・書道に関する本で、在庫が豊富です。けれども基本的には専門化してお客様を限定したくないと思っています。それは本の広大な世界への入り口になりたいと思っているからです。来る本こばまずで、オールジャンルの本を取り扱っています。お客様は、ご近所の方よりも本を探し歩きまわったうえで弊店にたどり着かれる方が多いように感じます。みなさん、町の中心部から離れていて交通機関も不便な場所にある弊店まで、わざわざ足を運んでくださるんです。さながら本を探す旅人のような方ばかりです。本当はもっと街中に店を出したいのですが、経費を考えると足踏みしてしまいます。しばらくはこの場所で、在庫のさらなる充実をはかっていきたいです。売上げはまだまだネット販売依存型です。インターネットの世界は場所性がなくどこでも商売や情報発信ができるので、うまく利用しながら店舗と両立させていきたいと考えています。

 札幌市内の古本屋の状況はまことにかんばしくありません。昨年から今年にかけて、札幌市内の古本店舗が5つも閉まりました。いずれもネット専門に切り替えたのですが、一気に5店も減ったのはとてもショックでした。現在の人口が約190万人の札幌市で、大手量販店をのぞき、店舗をもつ古本屋はおおよそ20店、そのうち古書組合加盟店は15店です。まったくさびしい限りです。
 経費のかかる店舗を閉めてインターネット通販専門に切り替えるのは全国的な傾向です。店主の高齢化と、業界の先が読めない由の後継者不足やインターネットの普及が要因といわれています。逆にネット専門から実店舗を開店させるお店は少ないです。わたしは確信犯的に時代に逆行して店舗を開きました。どうしてもお客様と本がじかに接する場所を持ちたかったからです。
題字:吉増剛造

「アフンルパル通信」刊行のきっかけは?
 さて、わたしが古本屋のかたわら編集している「アフンルパル通信」も、じつは吉増剛造先生とのかかわりのなかから生れました(本当にお世話になりっぱなしで……)。札幌大学でおこなわれた吉増先生の講義のなかで、知里真志保『地名アイヌ語小辞典』の「アフンルパル」が紹介されているのを、たまたま聞いたのがきっかけでした。「アフンルパル」とは「あの世への入り口」という意味のアイヌ語地名で、登別(のぼりべつ)の蘭法華岬(らんぽっけみさき)のつけ根にあります。アイヌの人たちにとってタブー視されている穴で、近寄ってはならない神聖な場所とされています。このような大切な土地が北海道にあるということをはじめて知って、わたしは道産子ながら心底驚きました。雪どけをまって友人たちとその場を訪ねたりもしました。これが「アフンルパル通信」のはじまりです。創刊号には吉増先生が写真と詩をお寄せくださり、「書肆吉成」独立開業と同じ2007年4月に創刊することができました。

 「アフンルパル通信」は「旅」と「詩」と「本」をテーマにした冊子です。これまで詩人や映像作家、文学研究者、写真家などたくさんの方々からご寄稿いただきました。最近は道内外からも静かな注目を集めているようです。人にはよく「もっと北海道に拘りなさい」といわれます。けれどわたしは北海道発の冊子だからと言って北海道カラーを前面に押し出すことに興味はありません。もともと「北海道」は近代に作られました。北海道内外の人の移動や緊張関係があって形作られた土地なんです。ですから、この土地の内側だけを意識化するのでは不十分だと思っています。外からの視線、外との関係や応答を考慮しないと本当の「北海道」の姿は捉えられないと思っています。地元を特権化する北海道至上主義とは一線を引いて、二つの土地を移動する視点や人間の根源的な表現を、わたしなりに真摯に丁寧に編集することで、かえって「北海道発」を誇れるすばらしい冊子になる! そう思っているんです。


題字:吉増剛造
「アフンルパル通信」購読のお申し込みはメールかFAXにて書肆吉成まで。

 現在、増刊号を含め12号発行しています。次号は、11月10日発行予定で鋭意編集中です。今後はいっそうブックイベントや催事などにも参加して、本の楽しさや楽しみかたをお伝えしたいと思っています。「書肆吉成」をはじめて5年目。おかげさまでじょじょに活動の幅も広がってきました。

 最近、本の文化を引き継ぐことを意識しています。新刊や復刊ではまかなえない本や古地図・古資料を引き継ぐことができるのは、古書店とコレクターの関係があればこそです。今後はそんな社会的な役割もすこしずつ担っていければと思っています。


【書肆吉成】
065-0025北海道札幌市東区北25条東7丁目1-17
TEL:011-214-0972
FAX:011-214-0970
携帯:080-1860-1085
E-mail:yosinari01@gmail.com
営業時間:11:00〜19:00(日曜日12:00〜18:00)
URL:http://camenosima.com/

(K)

2011年1月7日金曜日

東京都豊島区「リブロ池袋本店」──書肆探訪③


 今回、取材にお邪魔したのは東京都豊島区にある「リブロ池袋本店」です。これまでに訪れた「高美書店」や「しまぶっく」とは異なり膨大な数の新刊本を取り扱う超大型書店です。一昨年の10月末には大規模な改装工事が行われ、さらに魅力的な書店へと変貌しました。そして「リブロ」といえば1980年代に徹底した個性的な書棚づくりと店内のしつらえで、書店界に新風を吹き込んだ書店でもあります。……と言っても今日の私のお目当ては池袋本店書籍館のマネージャーをお勤めの辻山良雄さんです。

 辻山さんは97年からリブロにお勤めになっています。また書店員としてのお仕事の他さまざまなブックイベントにも積極的にかかわっています。なかでも特筆すべきは、2008年からつづくBOOKMARK NAGOYA(以下ブックマーク)です。ブックマークは、名古屋市を中心とした50店舗もの新刊書店や古本屋、雑貨屋などを巻き込んでおこなわれるブックフェスティバルです。辻山さんはこのブックマークを立ち上げた一人です。

 書店での通常業務の枠におさまらない辻山さんに、これまでの経歴やブックマークについて、そして理想とする書店像や電子書籍などについてお聞きしました。



 今回取材をさせていただいた辻山さん。
池袋本店書籍館をとりしきっています。

 
────リブロに入社されたきっかけは何だったのですか?

【辻山】1996年にアメリカに旅行した時に、「Barnes & Noble」に行ったことがありました。そこには美術書などがゆったり座って読めるスペースがあり、こんなのが日本の本屋にもあればいいな、と思いました。そうして日本に帰って来てみると、その当時のリブロ池袋本店にそうしたスペースがあり(いまはなくなってしまいましたが)、それは当時の日本ではめずらしかったのです。おそらくこういったことがきっかけになってリブロにひかれ、ちょっと受けてみようかな、と思ったのですが、もともと書店員になりたいという強い思いがあったわけではありませんでした。
 当時から本は好きでしたが、本について詳しいかと言うとそうでもなく、本そのものの形状や本がある空間が好きなんです。だから、本に囲まれた書店に就職するというのは自分にとってとても自然だったのかもしれません。
 一般的には書店員は読書家だと思われたりしますが、少なくとも私に関しては実はそうでもありません(笑)。家庭環境を思い返してもそれほど本の多い家ではありませんでした。ただ受験生のときに家から予備校が遠かったので、電車のなかでサリンジャーなどの海外文学を読んでいました。そのときにこういった世界もあるのかとすこし書物の世界に目覚めたのだと思います。そう言えばそうした外国文学から、当時はやっていた記号学や言語学の本も読んだりしていましたね。

────リブロ名古屋店の店長をされているときにブックマークにかかわられますね。きっかけは何だったのですか?

【辻山】私と「YEBISU ART LABO(エビスアートラボ)」というセレクトブックショップを営む岩上杏子さんが立ち上げメンバーでした。彼女のお店には古本があったので、はじめはリブロ名古屋店のなかでそれを売りたいね、というところから話がはじまりました。そうしたらいつのまにか、名古屋でも福岡の「ブックオカ」のようなブックフェスティバルをやりたい、とどんどん話が大きくなっていったのです。
 なぜこんなに早く大きなイベントになっていったかと言うと、東京にくらべれば名古屋の書店は、街の規模がそれほど大きくなく、横の繋がりが強くて、新刊書店同士だったら気軽に声をかけられる環境にあったからだと思います。ブックマークには書店だけでなく、雑貨屋さんなども多数参加していますが、そうしたお店に関しては、岩上さんが良く知っていました。

────なぜ雑貨屋さんも加わってもらおうとお考えになったのですか?

【辻山】今は、本は本屋にしか売っていないという時代ではありませんよね。本というものに少しでも光が当たるのであれば、入口はどこでも良いわけですし、むしろ本屋以外の方が本の持つ可能性を掘り起こせるのではないかと考えました。
 それに名古屋には小さいけれども魅力的なお店が沢山ありますが、その当時はあまり世の中に知られていませんでした。古本屋を含めた書店にしても名古屋にはそれぞれ特色があって、とても多様なお店がいっぱいあったんですが、どうも一般の人にはあんまり知られていない。ブックマークをやる以前から、そのことが頭のなかには常にあって、いつかそうしたお店を集めた名古屋の書店ガイドみたいなものを作りたいなと思っていたんです。そんなことを考えている時に、『SCHOP』(スコップ)というフリーペーパーを作っている上原さんがたまたまリブロに取材に来ました。彼が作っている雑誌を見せてもらうと昔の『relax(リラックス)』のような雑誌だった。この人とだったら面白いものを作ったり、やったりできそうだと思って、ブックマークにもお声がけしました。小さなことから大きなことまでこうした人の環みたいなのが何となくできて、それがどんどん繋がり、BOOKMARK NAGOYAの原型みたいなものができました。

────2008年2月に行われた1回目から、いまやかなり大規模なブックフェスティバルになりましたよね。予算などはどこから捻出されていたのですか?

【辻山】まず参加店から5000円ずつお金を募りました。そしてそのお金をもとに共同のリーフレットをつくっていたので、そのリーフレットに載せるひと枠5000円の広告収入もありました。参加店が約50店舗で、広告が80枠くらいありましたから、全部で60万円くらいにはなりました。開催していたイベントに関しては、入場料などのイベント収入がありますから、できるだけそれで帳尻が合うようにしていました。そういったやりくりで赤字が出ない程度には開催できました。

────これまでたくさんの書店で中心的な役割を担われ、ブックマークをはじめとした多くのイベントにも関わられた辻山さんにとって、理想の本屋とは?

【辻山】上手くは言えませんが、常に何かが変化しているということでしょうか。それは書棚が変わったり、フェアが行われていたり、イベントのようなものが開催されていても良いと思います。小さなことでもいいですし、もちろん大きなことでもいいのですが、常に毎日なにかが変わっていることが大切なのだと思います。
 お店に小さな変化を与える事は、読者がその本を見て手にとる事を促し、読者はその本を読むことによって、自分自身が変わり、新しい行動にうつしだすきっかけに繋がります。書店は、そういった出会いの場であり、きっかけの場でもあり、世の中がちょっとでも良くなるように手助けする場でもあると思っています。それらを促すための社会的な装置なのだと思います。
 そこに自分の「好み」もすこしだけ反映させつつ、もともと本に備わっている“人を行動に駆り立てる何か”を引き出し、読者に届けたいのです。これが私の仕事だと思っています。もちろんこうした仕事のなかには、大きく派手なものばかりではなく、地味だけれどもけっしておろそかにできない小さくて細かい仕事も含まれます。

────大型書店になればなるほど書店員さんの「好み」は見えにくくなり、書棚が平板化されていくように思えます。人間の体温が感じられるような書棚を見てみたいといつも思っています。

【辻山】組織のなかでやっているので、難しい部分もありますが、リブロはその辺りが伝統的に自由な会社だと思います。そういった体温が感じられるような書棚を作っていくようにはいつも心がけております。
 個人的には、本は格好良いものであるとか、本を読む事自体が格好良い行為であるとか、そうした流れを作っていきたいと思います。そうするためには書店員が本と出会う場を素敵な空間に演出しないといけませんし、出版社さんにも思わず手にしたくなるような本をたくさんつくってもらわないといけません。

────電子書籍に関しては、どう思われていますか?

【辻山】読書の体験がない人というのは、世の中に本当にいっぱいいるので、電子書籍がそのとっかかりにすこしでもなるのであれば、それは良いことです。少なくともまず読書という体験に気付いてもらわないといけませんので。
 けれども私はリアル書店の書店員としてここにいる以上は、物としての本の魅力や特質を伝えることが仕事だと思っています。それにはまずは本のある空間である事、という魅力を高め、ここで出来ることを愚直に押し進めることだと思います。




 以下、写真とともに辻山さんオススメの書棚をいくつかご紹介します。

 このフェアは、昨年の11月18日より池袋本店書籍館1F人文書コーナーではじまった、文芸誌『en-taxi』とのコラボレーションブックフェアです。『en-taxi』棚には、バックナンバーや関連本、月替わりの同人セレクション本が並んでいます。
 同人で批評家の福田和也さんと坪内祐三さんをホストに『en-taxi』ゆかりの作家をゲストとして迎えての連続トークショー『エンタク学校』も開講しています。


 書籍館の1Fには、“現在を読みとく思想地図”をコンセプトにしたカルトグラフィア(Cartgraphia)棚もあります。



 美術書や写真集などのビジュアル本や、書物に似合う小物が大好きな辻山さん。「じつはこうした書棚が一番好きです」とおっしゃっていました。


【リブロ池袋本店】
住所:〒171-8569 東京都豊島区南池袋1-28-1
西武池袋本店 書籍館・別館
TEL:03-5949-2910
営業時間:10:00〜 22:00
URL:http://www.libro.jp/shop_list/2009/07/ikebukuro-honten.php



 次回も楽しみにお待ちください。
(K)

2010年12月2日木曜日

東京都江東区「しまぶっく」──書肆探訪②


 第2回目の書肆探訪は東京都江東区の地下鉄清澄白河駅にほど近い「しまぶっく」です。1回目に取材した「高美書店」とはうってかわって、今年の9月23日に開店したばかりの新しい書店です。いわゆる新刊書店ではなく、古書を中心に新刊の洋書や絵本、さらには雑貨も取り揃える古本屋さんです。

 店主は、昨年の9月まで青山ブックセンター(ABC)にお勤めになっていた渡辺富士雄(わたなべ・ふじお)さん。これまでたくさんのフェアを企画し、多くの読者の読書意欲をかき立て、時には挑発し、時には唸らせてきた名物書店員さんです。

 渡辺さんは早稲田大学卒業後、就職された専門学校が経営していた書店にお勤めになります。ここで書店の魅力に引き込まれます。けれども社内での人事異動にともない書店から離れることに。ところがいったん花開いてしまった書物への情熱はもうとどめようがありません。専門学校をすぐに退職。そして1987年にABCに入社。そのとき渡辺さんは27歳。本格的な書店員人生がここからスタートします。

 そこから10年間ABC六本木店にお勤めになりますが、いろいろな書店を見てみたくなったこともあり、97年ジュンク堂書店東京進出を機に転職。ジュンク堂書店池袋本店を経て、99年に大宮店初代店長に就任。しかし、ここでのお仕事は店長職ということもあり、書物や書棚や読者からはやや距離を置いた、職場管理の仕事が中心にならざるをえませんでした。直接自分の手で書棚を育てていく仕事がしたい、との強い思いがつのり、ジュンク堂書店を退職。東京ランダムウォーク神田店、赤坂店を経て、ABCに復職。2009年9月ABC六本木店退職後、1年間の準備期間を経て、2010年9月「しまぶっく」を開店されました。


 そんな「しまぶっく」を写真とともにご紹介します。

 もともと八百屋さんだったこともあり、間口がとても広く開放感があります。天気の良い日は、50円均一や100円均一の本箱が、歩道にたくさん並びます。

 入って左手の新刊の洋書や絵本のコーナーです。近くにインターナショナルスクールがあり、思いのほか売れています。来店されるお客さんは、小さな子どもからお年を召された方までとても幅広いです。週末は、観光客、地元のご家族連れでとても賑わいます。

 並んでいる本のジャンルは多岐にわたります。英米文学、フランス文学、イタリア文学、南米文学、世界中の文学作品があります。詩集のコーナーも充実しています。田村隆一さんの詩集が5、6冊あったのが印象的でした。ともかく充実の書目が並びます。この雰囲気はなかなかお伝えできませんので、お近くをお通りの際はぜひ実際にご覧になってください。

 ちなみにこの日私が購入したのは、『街場のメディア論』(内田樹著/光文社新書)、『デレック・ウォルコット詩集』(徳永暢三訳/小沢書店)、『ジョルジュ大尉の手帳』(ジャン・ルノワール著/野崎歓訳/青土社)、そして『フェルナンド・ペソア 最後の三日間』(アントニオ・タブッキ著/和田忠彦訳/青土社)でした。


 最後に、渡辺さんと2、30分ほどお話しをさせていただきました。その一部をここに掲載します。書店に対する渡辺さんのお考えが忌憚なく述べられています。

────今年になって電子書籍の波がより強く押し寄せてきていますが、どう思われますか?

【渡辺】 どうもこうもあれは本ではありません。ボクは本屋さんなので、電子書籍を今後どうしていこうなどとは、まったく考えていないです。電子書籍にかかわらず、電子的なもの──たとえばネットやブログやツイッターやフェイスブックなど──をそもそも重視していないんです。ブログやツイッターなどにかける時間より、自分は実際に本に触れながら書棚に向き合う時間を大切にしたい、と思っています。

────とはいえ今やどんな小さな書店でもブログのひとつやふたつ持っているものです。そこには何か特別なお考えがあるのですか?

【渡辺】 いろんなメディアが身近にあって、さまざまな発信方法がありますけど、本屋にとっての一番のメディアはお店そのものなんです。その中でも特に書棚です。一見すると本が並んでいるだけのように見えますが、サーッと一瞥してみてくださいよ。背表紙や装丁や本の並びから発せられる情報が豊饒なことにお気づきになると思います。そして手に取ってみてください。当然その本の厚みや重さを感じますね。この感触もとても大切なんです。さらに中身を見てみるとその情報は多様に分岐し、どんどん連関していきます。何か情報を発信する必要があるのであれば、この書棚からしていけばいいんです。
 書棚づくりは、ボクにとっても実験につぐ実験です。まだまだいろんな可能性があると思っています。書店員がここを追究していかないで、いったい誰がするのでしょう。ここをおろそかにしてしまっては本末転倒です。

────ほかに「しまぶっく」の特色はありますか?

【渡辺】 ふつう多くの古本屋がしているお客さんからの買い取りを一切していません。ネット販売もしていません。ブログもしていません。ツイッターもしていません。ホームページももっていません。あとイベントもしていません。とにかくボクは愚直に本を仕入れて、書棚に並べ、お客さんの目の前で売っていきたいんです。
 先ほどのお話にも通じますが、これは身体としての書店、書棚、書物を信じているからなんです。ボクのこういった考え方の奥底には、今福龍太さんが昨年書かれた『身体としての書物』(小会・2009年)が流れています。もちろんボクなりの勝手な解釈も入っていますが、この著作の本質をできるだけ実感し、実験し、実践していきたいんです。『身体としての書物』は、書店員にとってアイデアの宝庫ですよ。
 この前までウチにも一冊あったんだけど、売れてしまいました。まだ読んでいない方がいらっしゃったら、ぜひ手にとって読んでいただきたい。オススメの一冊です。

────ちょっと話は戻りますが、一般的な古書店はお客さんからの買い取りを重視しますよね。売ることよりもまず仕入れることが大変で大切だと言われています。お客さんから買い取りをしないで、どのように仕入れているのですか?

【渡辺】 神保町を中心に、近郊の古本屋に毎日のように通いセドリをしてきます

────毎日セドリですか!?

【渡辺】 はい。体力的にとてもつらいです。でもこれが本当に楽しいんですよ。毎日のように神保町に行ってセドリをしていると、まれに通りかかった書棚から風が吹いてくることがあるんです。その風が吹いてくるところを見てみるとだいたい良い本があるんです。ボクはこの風を、本の島から吹いてきた島風だと言っているんです(笑)。一冊一冊の本が小さな島のようなものです。そこから島風が吹いてきて、ボクの頬をスーッと撫でていくんです。その島々をあつめて群島書店をつくりたい。これがボクの夢です。この島風、電子書籍からはぜったいに吹いてきません!
 昨年の9月ころABC六本木店で、今福さんの『群島──世界論』(岩波書店・2008年)という本に触発されて、この本で取り扱われている書物を集められるだけ集めてフェアをしたことがありました。その時は、本と本との間に蝶の標本をちょっとおしゃれに並べたりもしました。これがボクにとってのABCでの最後のフェアでした。とても好評でした。いまから思えばこのフェアが、ボクの書店員としての第二のスタートでした。
 こうして「しまぶっく」を開店しているのも『群島──世界論』という書物との出会いと、あのフェアを開催しようと思いたった一瞬のひらめきがあったからだと思っています。この一冊の本と一瞬のひらめきに、とても感謝しています。


【しまぶっく】
住所:〒135-0022 東京都江東区三好2-13-2
TEL/FAX:03-6240-3262
営業時間:11:00〜20:00
定休日:月曜日
※地下鉄清澄白河駅A3出口を左に曲がり「清澄通り」を進みます。そして左手の「深川資料館通り商店街」に入ります。東京都現代美術館方向に3、4分進むと右手に間口の広い「しまぶっく」が見えてきます。駅から5分ほどです。

 次回の更新日は、年も押し迫った12月28日を予定しています。楽しみにお待ちください。
(K)

2010年10月28日木曜日

長野県松本市「髙美書店」──書肆探訪①


 今回から「書肆探訪」がスタートします。外語大出版会のKが首都圏を中心に全国各地の書店に営業かたがたお邪魔し、書店員の方々のお話しをうかがいます。書店の特色、書棚に置かれている本やそのエピソードについて、写真を交えながら毎月レポートしていきます。


 第1回目は長野県松本市にある「髙美書店(たかみしょてん)」です。「髙美書店」の歴史はとても古く『江戸の読書熱』(鈴木俊幸著・平凡社)には、「信州松本の書林慶林堂髙美屋は、寛政九年(一七九七)の創業、代々書籍商を続け、二百年を過ぎた現在も創業時とほぼ同所で「髙美書店」を営んでいる」とあります。創業者の名は、髙美屋甚左衛門(たかみや・じんざえもん)。甚左衛門が創業する以前にも松本では書籍が流通していたようですが、かれほど長期間にわたって書籍を中心とした商売を続けた人間はいなかったようです。当時は書籍だけでなく紙、短冊、筆、墨、硯など文具全般の販売にもかかわり、信州松本にとって文化拠点のひとつであったと考えられます。長野県は、岩波書店の岩波茂雄、みすず書房の小尾俊人、筑摩書房の古田晃をはじめとした多くの出版人を生んでいます。何を隠そう小会スタッフのRの出身地でもあります。出版人を数多く輩出し、書物文化が根付いていった背景には「髙美書店」のような存在があったことは想像に難くありません。

 それでは「髙美書店」の写真を交えながらご紹介します。

 「髙美書店」の入口です。10年ほど前にこのあたり一帯は区画整理され、それにともない「髙美書店」も縮小、立て替えを余儀なくされました。けれども「店書美髙」と書かれた看板には、いまも十分にその歴史が感じられます。


 「髙美書店」の隣には古い蔵があります。その2階がギャラリーのスペースとなっています。
 屋根の中央を太い柱が貫いています。店主の髙美泰浩さんによると、この柱は蔵創建当時のものでおそらく百数十年前のものではないか、とのこと。実物の柱は写真で見るよりもかなり重厚で迫力があります。


 60坪ほどの店内を見渡し、まず最初に驚かされるのが岩波文庫、岩波現代文庫、岩波新書の充実ぶりです。書棚をよくよく見てみると品切重版未定になっていたはずのエリオットの『文芸批評論』(岩波文庫・2006年41刷)が! まだまだ掘り出し物がたくさんありそうです。その他、みすず書房、青土社、工作舎、未來社、勁草書房など人文書を数多く刊行している出版社が目につきます。しかし、残念なことに小会の本は見つからず。髙美さんにぜひ置いていただくようお願いいたしました。
 「髙美書店」は出版活動もおこなっており、『一九が町にやってきた──江戸時代松本の町人文化』(鈴木俊幸著・髙美書店)が入口左手の棚にありました。その棚には他にも郷土本がたくさん並んでいます。なかでも観光客に一番人気があるのが、信州を愛する大人の月刊誌「KURA」(まちなみカントリープレス)。地方の月刊誌とは思えないほど内容が充実しています。


 人文書が売れないと言われています。それは地方都市の本屋さんではなおさらのこと。けれども「髙美書店」には多くの優れた人文書が置いてあります。それは頼もしくあると同時に、驚きでもあります。
髙美さんのおっしゃっていた言葉が印象的でした。
 「近くの大型書店との差別化をはかるという意味合いもあるけど、何より良い本を売っていきたい、という思いが強いです。松本で岩波書店やみすず書房や青土社を置いているのはウチくらいでしょう。でも、最近は書棚に入れたいと思う本がだんだん少なくなってきたように感じています」。

【髙美書店】
住所:  長野県松本市中央2-2-6
電話:  0263-32-0250
営業時間:10時〜19時
定休日: 年中無休
※松本駅の近くにあるパルコの細い小道をはさんだ向かい側にあります。駅から歩いて5分ほどです。お近くをお通りの際はぜひお訪ねください。


次回の「書肆探訪」は、11月末を予定しています。楽しみにお待ちください。

(K)