久しぶりのショシタンです。大変ご無沙汰しておりました。
前回取材した北の地札幌の「書肆吉成」から、今回は一気に南へ移動し、取材に訪れたのは那覇にあります「市場の古本屋 ウララ」です。
店主の宇田智子さんは、もともとジュンク堂書店の書店員でした。2009年4月、入社以来7年間勤められた池袋本店から、新規オープン間近の那覇店に自ら希望を出し異動され、2011年8月に10年ほど勤められたジュンク堂書店を退職されます。そして、その年の11月にひとりで開店されたのが、この「市場の古本屋 ウララ」です。
日本一大きな書店から、日本一小さな古本屋へと転身された宇田さんにいろいろとお話をうかがってきました。
────まず、そもそもなぜ沖縄への異動を自ら希望されたのでしょうか?
【宇田】ひとつは、店を一からつくってみたかったからです。池袋本店にいながら新規出店に関わる機会はたくさんあったのですが、いつも開店前だけ手伝って帰らなければならず、そのあとどうなったのかが気になっていました。
もうひとつは、神奈川に育ち、東京で働いて、他の地域をまったく知らなかったので、違うところに行ってみたかったんです。どうせなら遠くがいいなと思いました。
そして、沖縄県産本というものが質量ともにはかり知れず、これを地元で売れたらおもしろいだろうな、とあこがれていました。
────なるほど。ちなみに店名のウララにはどういった由来があるのですか?
【宇田】店の名前はギリギリまで決まりませんでした。漢字を組み合わせた名前や外国語の名前も考えましたが、パッと見て読めない、一回で聞き取れないのは困ると思って。市場のなかだからいろいろな人が通ります。誰でもすぐ覚えられるのがよかったんです。
周りのお店は「浦崎漬物店」とか「大城文子鰹節店」とか名前そのままなので、「宇田書店」にすれば? と言われました。せめてもうひとひねりと考えていたら、ふと「ウララ」が浮かびました。小学生のころに山本リンダの「狙いうち」を歌われてからかわれた思い出があるのですが、あえてそのトラウマを克服しようとも思いまして(笑)。
────なかなかステキな店名ですよ! さて、開店からはや8ヶ月。新刊書店での経験と古本屋での経験とでは、本を売るという点では同じであっても、その体験はまったく別物で、戸惑われたところもあったのではないでしょうか?
【宇田】本が売れても次にまた入るかどうかが分からない、というのが何よりツライです。これぞ! と思う本が売れたときはうれしい反面、「ああ、もう出会えないかもしれない」と悲しくもなります。
────では、これまでの古本屋経験で楽しかったことはありますか?
【宇田】自分の人間関係が棚に反映されるのがおもしろいです。新刊書店ではお客様からのご注文やお問い合せを参考に本を発注して棚をつくりますが、古本屋は「お客様の本」がそのまま並びます。要するに、お客様によって本屋が、そして書棚がつくられていくということです。やっていくうちにそうしたことに気がついていきました。
ですから、買取した本は、自分の趣味や興味に合わなかったとしても、できるだけお店に出すようにしています。たくさん古本屋があるなかで「ウララに売ろう」と決めてくださったということは、その本にはどこかしらウララの雰囲気に合うなにかがあるはずだと思っています。そうした本のなかには知人、友人、そしてジュンク堂書店時代の同僚が譲ってくれた本もあります。
古本の仕入れはお客様からの買取と業者の市が中心です。買取の依頼がそうたくさんあるわけではありませんし、買取や市で欲しい本が手に入るとも限りません。選り好みはしたくてもできないわけですが、そのことを前向きにとらえたいです。
だからこそ、私を取り巻くいろいろな人たちの本をたくさん置かせてもらって、一緒に「ウララ」をつくりたい。そう思っています。
「お客様が棚をつくる」とは新刊書店でもよく聞く言葉です。それは心構えとして教わる言葉でもあったのですが、古本屋の場合は物理的にそうなのです。お客様とのこうした接点、関係、感触が、いまとても新鮮でおもしろいです。
────ある分野に特化して古書を集める古本屋が多いなか、ウララが人との強い関係からお店や書棚を構成しているというのは、とてもおもしろいです。
そのほかにもなにか特色などありますか?
【宇田】まず、那覇の牧志公設市場の向かいにあるという点です。お土産を探す観光客もいれば、日々の食材を買い求めにいらっしゃる地元の方々もいます。そういった意味では他の本屋と比べて客層がちょっとかわっているかもしれません。
そうしたこととも関係しているのですが、二つ目の特色として沖縄本に力を入れています。
そして最後の三つ目がもっとも特徴的かもしれないのですが、日本でも一番(?)なくらいに狭いことです。店内が3畳で、路上にはみ出しているのが3畳分です。ですから棚も私も路面に出てしまっています。だからかもしれませんが、本を買う気のない人が、ふと立ち止まってくれることが多いです。
────本を買う気のない人がふと立ち寄ってくれる、というのは、世間話をしに、ということですか?
【宇田】いえ、本屋なので、本を見に。買う気のない人というより、買うつもりのなかった人ですね。食べ物を売っているなかに突然本屋があらわれるので、驚いてつい立ち止まる人が多いです。路面の棚には沖縄の本を置いているので、観光客も地元の方も興味をもって手にとり、もちろん買ってくださることもあります。なかには「今日は暑いね」と話しかけて通り過ぎていく方や「国際通りはどっちですか?」と聞いてくる方もいらっしゃいますが。
狭くて、沖縄にあって、人通りが多いという特殊な条件のもと、いまなんとか売上を立てています。当分はこの場所でがんばっていきますが、いつか限界が来るのか、とも思います。
とにかく狭いので、なんでもかんでも置いておくことができません。古本屋につきものの均一棚もなければ、豪華本を置けるようなスペースもないので、仕入れにもブレーキがかかることがあります。
────商い的には大変なところがたくさんあるかもしれません。けれども、ウララがもっている「狭い」「沖縄」「人の通りが多い」という特色は、じつは宇田さんもウスウス感じていらっしゃると思うのですが、そこには本屋としての可能性が潜んでいるのではないでしょうか。こうした制約や限度や限界があるからこそ、創造的な試みができるのだと思います。むしろまずはそこに立ち返ってみなければ何もはじまらない。
一見するとマイナスに見えるこの特色を逆手にとって、ぜひウララで存分に躍動していただきたいな、と思っています。そのためでしたら、私も微力ながら力をお貸しします。
【宇田】ありがとうございます。
沖縄の古書組合の市で出品されるのはほとんどが沖縄の本です。東京に行けばあらゆるジャンルの本が取引され、古文書や骨董のようなものも扱われているでしょう。いまとはまったく違う古書の世界があるのだと思います。だから正直なところ、私が古本屋を名乗るのははばかられます。
────それは、ウララは「古本屋」という枠組みでは簡単にくくることのできない可能性をもった「本屋」である、ということなのだと思います。
「古本屋」の多くは古書市などで自分のお店の傾向にあった本、あるいは売れそうな本などを店主の目利きによって仕入れますよね。そしてお店をドンドン個性的にし、他のお店との差別化をはかっていきます。こうした手法で、おもしろく、かつそれなりの売上げをあげるには、東京をはじめとした大都市のようにもともと仕入れ先が潤沢であることと、古本屋としての長年の経験に裏打ちされた眼力が必要です。「ウララ」はそうしたある意味で正当な古本屋経営の必須条件をもたず、心意気としてもその道を歩むことをよしとしないのであれば、この「古本屋」のキモでもある「仕入れ」に、「本屋」としての一計を案じてみなければならないかもしれません。
【宇田】たしかにそうですね。その「仕入れ」にも関係してくると思うのですが、すこし前から考えていたアイデアがありました。それは、「一箱古本市」(註1)に、以前後藤さんが前職でやってらした「三冊屋」(註2)というフェアの要素をすこし混ぜ合わせたような企画です。
まず、参加者から何かのテーマでセットにした三冊の本と、テーマと紹介文を書いたPOPカードを送ってもらいます。それを店の棚一列に並べて何週間か販売するというフェアです。古本屋のイベントといえば「一箱古本市」が有名ですが、このフェアは、その単位をもっと小さくしたバージョンです。「一箱古本市」だと店番をしなければなりませんし、なにより一箱分もの本を選び、売らなければなりません。このフェアだとその必要もありませんし、より参加しやすいのがいいと思いました。そしてPOPカードを添えることで、出品者の生の声が聞けるという点がよりおもしろいと思います。古本は価格設定が自由なので、新刊でやるよりはお手ごろな価格にできるという利点もあります。価格は出品者に決めてもらいたいと思っているので、1000円均一などもおもしろいかもしれませんね。
────なるほど、いいですね! これまでの古本屋にはなかった新しい仕入れ、見せ方、売り方に、お客様や読者とともに挑戦できますね。
こうしたアイデアが生まれた根底には、やはり「狭い」「沖縄」「人の通りが多い」といった古本屋としては恵まれてはいないかもしれない要因が、少なからずあったのだと思います。こうした要因をたまたまあった偶然から、積極的な必然へと転換できれば、ウララはよりおもしろく、よりらしくなっていくと思います。
やはりお客様や読者、つまり人との関係がウララを成り立たせているのですね。この大切な要素をいっそう育んでいくために、これからはイベントのようなものも織り交ぜ、人と本との間をドンドン繋いでいければいいですね。
【宇田】そうですね。いまの私は、本を媒介にした人とのかかわりに関心が向いているのだと思います。ですから、広い店に移り、従業員を使い、東京の業者とも渡り合いながら一人前の古本屋になりたい、という気持ちはいまのところありません。たとえ場所が変わり、もう少し広くなったとしても、商店街のなかの小さな本屋でいたいという気持ちです。
────あくまでも地元密着型の本屋ですね。私の知り合いで宇田さんもご存知の東京の清澄白河で「しまぶっく」という古本屋をやっている渡辺富士雄さんも同じようなことをモットーにされています。地元の読者との関係を大切にされています。
日本有数の大型店であるジュンク堂書店の那覇店で副店長までされた宇田さんが、いま対極にある小さな本屋さんを目指されている。この触れ幅はとてもおもしろいと思います。おそらくこのジュンクとウララの間には、先ほどのフェア企画のアイデアのほかにもたくさんの可能性が潜んでいると思います。宇田さんは人と本の間、ジュンクとウララの間を豊かに経験されているので、こうした体験をもとに、なにか書いてみたり、話してみたり、イベントを企画したり、ワークショップなどもしてみたり、といろいろチャレンジしてみてはいかがでしょうか?
【宇田】まずは小さなことからコツコツと、ではありませんが、通りがかった人が「探している本があるんだけど」と声をかけてくれて、ここになくても取り寄せて連絡をする、といったこともやっています。これは思った以上に頻繁にあります。インターネットが使えない方は、新刊書店で「品切れです」といわれたらその先どうしたらいいか途方に暮れてしまうようです。そういう人にも敷居の低い、便利な本屋でありたいです。
────本の便利屋さんですね。
【宇田】栃折久美子さんの『森有正先生のこと』(筑摩書房)を読むと、栃折さんは森有正の秘書でも恋人でもないのに、求めに応じて本を探したり、ときにはシャツや下着まで代わりに買いに行っています。本のタイトルや著者が多少まちがっていてもなんとなく見当をつけて見つけられる、ときには出版界の人脈を生かして多少の無理も通せる栃折さんを、森有正は心から信頼していたようです。これくらい細やかな本屋になれたら、というのがひとつの理想です。商売としての線引きは難しそうですが。
────たしかに商売としての線引きは難しそうです。商売といえば、店舗をもちながらネットでの販売もしている古本屋が多いと思います。宇田さんはアマゾンなどでのネット販売は検討されていますか?
そういったネットなどの力も借りつつ、ウララが沖縄と本にとっての玄関のようなものになっていけばいいですね。
【宇田】アマゾンにもじつは出品しています。ただ、店に出しにくいジャンルの本が中心で、家の在庫をさばくために利用している感じです。
沖縄本はそもそもアマゾンにデータが存在しないものがたくさんあります。いま沖縄の新刊書店で流通している本でさえもです。ジュンク堂にいたころはそういった本をドンドンジュンク堂のHPに登録していき、少しでも沖縄本の情報を県外に発信しようとがんばっていました。
ウララは在庫がそれほど豊富ではありませんし、店に来るお客様を最優先したいので、ネットは二の次になっています。ウララの本が見たければ沖縄に来てください、と言ったらえらそうに聞こえますけど、でも、普通のことですよね。
あとは、古本屋ではあっても出版社や著者の方とのつながりをもち、直に仕入れていきたいです。新刊の掛けは古本に比べて高く、私もたくさん売る力はないので、お互いに利益は薄いのですが、作り手と現在進行形で関わりながら本を売れるのはとても楽しいことです。小さい店だからこそお客様の目にとまるようにもできますし、いろいろな人とつながり、またつなげていけたらと思います。
────ウララのなかで宇田さんオススメの本や書棚がありましたら、お教えいただけますか?
【宇田】まずは、あちこちでしつこく言っていますが、花田英三さんの詩集『坊主』。東京にいたころ、出版社のボーダーインクのホームページを見たら、トップページに新刊として書影が載っていて、その帯のなかの詩にやられました。
沖縄に来てから、花田さんが参加されている「EKE」の同人の方と知り合って、集まりに顔を出させていただき、気がついたら私も同人になっていました。ウララ開店前には花田さんのお宅にうかがって著書を預からせていただいたり、歩くのが大変なのに店を見に来てくださったり、とてもお世話になっています。
詩集は書店では隅に追いやられがちですが、狭い店で大きく展開するとイヤでも目にとまるらしく、たまたま手に取った方が「おもしろいですね」と買ってくださったりします。花田英三を日本で一番売る本屋を自負しています。
次は若い人たちがつくっている地域情報誌「み~きゅるきゅる」。7号まで出ています。
開南、むつみ橋通り、牧志公設市場衣料部・雑貨部など、観光客は名前も知らずに通り過ぎるような場所を特集していて、生活感がとてもおもしろいんです。いままでは場所をテーマにしてきたのですが、次の8号で「ユッカヌヒー」という旧暦5月4日の玩具市の特集を組むことになり、私も調査に参加しています。
先日は糸満のハーレー(毎年旧暦5月4日に行われる海の恵みに感謝し航海の安全と豊漁を祈願する祭り)を見に行って、出店で売られているおもちゃを観察したり、通りがかったおじいさんに話を聞いたりしました。「EKE」も「み~きゅるきゅる」も、愛着をもって売るうちに、いつの間にか作る側に巻き込まれていました。ありがたいことです。
最後は「リトケイ」。離島経済新聞社がつくっている季刊タブロイド紙で、日本の有人離島のいろいろな情報が載っています。
ネットで発刊を知って気になっていたのですが、沖縄だけを扱っているわけでもないのでしばらく躊躇していました。でも、1部150円だしと思い切って入れてみたら、「飛ぶように」と言いたい感じで売れました。見た目がカラフルで手に取りやすいところがウララの店頭にとても合っていたんです。特に若い観光客は離島にすごく興味をもっているみたいで。
いま全国で地域に密着したミニコミやフリーペーパーがドンドン出てきていて、離島経済新聞社さんはそれをつなぐ活動をされていかれると期待しています。
小さい出版社と小さい本屋がそれぞれ島のように特色をもっていて、ドンドン結びついていけたらおもしろい。後藤さんも関わられている「本の島」(註3)を、目に見えるかたちにしてみたいです。
こういう質問をされて、古本ではなく新刊ばかり挙げてしまうのが古本屋としてダメなところだと思います。でも、今日のインタビューで後藤さんがコメントしてくださるのを聞いていたら、それでもいいのかなと思えてきました。本を書いている人やつくっている人がいて、売りたいのなら応援したい。最初から古本屋だったら目の前の本のことだけ考えたかもしれませんが、どうしても本のうしろにいる人のほうが気になってしまうんです。「市場の本屋」にしたほうがよかったのかも…。
────なるほど。では、「ウララ」の2店舗目は「市場の本屋」にしましょう(笑)。
おっと、日が陰ってきました。そろそろお酒がほしい時間ですね。2店舗目計画のとっておきの秘策は、泡盛片手に市場の方たち交えて練りましょうか。
註1:参加者がみかん箱サイズの箱に売りたい本を入れ、不忍ブックストリート内の協力店舗の前に並べて販売する青空古本市のこと。現在は、全国各地で「一箱古本市」という名で古本販売イベントが開催されている。
註2:「本は三冊で読む」を合い言葉に、本を三冊組み合わせ、そのセットをいくつも並べたイシス編集学校プロデュースのブックフェアのこと。
註3:編集者の故・津田新吾氏が、構想したインディペンデント・ブックレーベル「本の島」。その構想を、書物の書き手、作り手、売り手、読み手がそれぞれの場所で創造的に受け継いでいきながら、あたらしい出版文化のありかたを模索する共同プロジェクトのこと。
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【市場の古本屋 ウララ】
900-0013 沖縄県那覇市牧志3-3-1
E-mail:urarabooks(a)gmail.com
営業時間:11:00-19:00(火曜日定休)
URL:http://urarabooks.ti-da.net/
900-0013 沖縄県那覇市牧志3-3-1
E-mail:urarabooks(a)gmail.com
営業時間:11:00-19:00(火曜日定休)
URL:http://urarabooks.ti-da.net/
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(取材・文/後藤亨真)