2011年12月2日金曜日

アルセーニイ・タルコフスキー著『白い、白い日』(前田和泉 訳)刊行


 このたび本学の前田和泉先生が翻訳し解題を書かれた、アルセーニイ・タルコフスキー詩集『白い、白い日』が刊行されました。

著者:アルセーニイ・タルコフスキー
翻訳:前田和泉
写真:鈴木理策
編集:落合佐喜世
デザイン:須山悠里
エクリ 2011年10月3日
本体2500円・B5判変形・並製本・仮フランス装・94頁

 前田先生の解題によると、詩人アルセーニイ・タルコフスキーは、映画「惑星ソラリス」「鏡」「ストーカー」「ノスタルジア」「サクリファイス」などの監督として有名なアンドレイ・タルコフスキーの父親です。アルセーニイの詩は「鏡」「ストーカー」「ノスタルジア」のなかで朗読され、彼の「極めて私的で繊細な抒情性」と「汎生命論的な独特の世界感覚」は、これらの映画の特異な世界観を支えていました。
 今でこそ、ロシアにおいてこの詩人の名を知らぬ者はいない、とまで認知されるようになりましたが、不遇の時代は長かったようです。共産主義政権下はまさにその時代でした。アルメニア、グルジアなどの詩の翻訳をしながら生計を立て、詩作に励んでいたようです。はじめての詩集が出版されたのは55歳になってからでした。

 処女作を上梓した年齢を知り、まず私が思い出したのが詩人T・S・エリオット(1888-1965)の一節でした。「二十五歳をすぎても詩人たることをつづけたい人なら誰にでもまあ欠くべからざるものといってよい歴史的意識を含んでいる」(「伝統と個人の才能」)。若いときには誰でもみずみずしい感情が溢れ、それだけで詩が書けるときもあると言います。けれども、年を重ねるにつれ、そうした感情だけでは書きつづけられないことに気がつきます。そのとき必要なものとは何なのでしょう? エリオットは「歴史的意識」であると語ります。翻訳によって日々の生きる糧を得、詩を発表する場さえも与えられなかった苦難な時代、それこそがアルセーニイ・タルコフスキーにとっての「歴史的意識」のひとつだったのかもしれません。

 本書は、造本も繊細で美しく、本文に挿入されている鈴木理策氏の写真も、詩と非常にマッチしています。皆さんもこの本をきっかけにタルコフスキーの詩の世界に触れてみてはいかがでしょうか?

■著者紹介:
アルセーニイ・アレクサンドロヴィチ・タルコフスキー
 1907年、エリサヴェトグラード(現ウクライナ)に生まれる。新聞社やラジオ局での勤務を経た後、30年代からは主として翻訳で生計を立てる。第二次世界大戦中の41年、志願して従軍し、43年に前線での負傷がもとで左脚を切断。62年、初めての詩集『雪が降る前に』を出版して遅咲きの詩人デビューを果たすと、以後、堰をきったように『地のものは地に』『使者』『冬の日』『自分自身であること』『アラガツ山にまたたく星々』など多数の詩集を発表。89年、モスクワ郊外の病院で死去。私生活では、28年にマリヤ・ヴィシュニャコワと結婚し、一男一女をもうけた後、37年に別の女性アントニーナ・ボーホノワと暮らし始めるが(マリヤとの正式な離婚は40年)、50年に再び離婚し、翌年、翻訳家タチヤナ・オゼルスカヤと再婚。なお、最初の妻マリヤとの間に生まれた長男がアンドレイ・タルコフスキーである。

■訳者紹介:
前田和泉(まえだ・いずみ)
 神奈川県生まれ。東京外国語大学外国語学部ロシア語学科卒、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。現在、東京外国語大学准教授。専門は20世紀ロシア詩。著書は『マリーナ・ツヴェターエワ』(未知谷、2006)。共著に『詩女神の娘たち』(沓掛良彦編、未知谷、2000)。訳書に、アンドレイ・クルコフ『大統領の最後の恋』(新潮社、2006)、リュドミラ・ウリツカヤ『通訳ダニエル・シュタイン』(新潮社、2009)などがある。



(後藤)