2010年10月28日木曜日

長野県松本市「髙美書店」──書肆探訪①


 今回から「書肆探訪」がスタートします。外語大出版会のKが首都圏を中心に全国各地の書店に営業かたがたお邪魔し、書店員の方々のお話しをうかがいます。書店の特色、書棚に置かれている本やそのエピソードについて、写真を交えながら毎月レポートしていきます。


 第1回目は長野県松本市にある「髙美書店(たかみしょてん)」です。「髙美書店」の歴史はとても古く『江戸の読書熱』(鈴木俊幸著・平凡社)には、「信州松本の書林慶林堂髙美屋は、寛政九年(一七九七)の創業、代々書籍商を続け、二百年を過ぎた現在も創業時とほぼ同所で「髙美書店」を営んでいる」とあります。創業者の名は、髙美屋甚左衛門(たかみや・じんざえもん)。甚左衛門が創業する以前にも松本では書籍が流通していたようですが、かれほど長期間にわたって書籍を中心とした商売を続けた人間はいなかったようです。当時は書籍だけでなく紙、短冊、筆、墨、硯など文具全般の販売にもかかわり、信州松本にとって文化拠点のひとつであったと考えられます。長野県は、岩波書店の岩波茂雄、みすず書房の小尾俊人、筑摩書房の古田晃をはじめとした多くの出版人を生んでいます。何を隠そう小会スタッフのRの出身地でもあります。出版人を数多く輩出し、書物文化が根付いていった背景には「髙美書店」のような存在があったことは想像に難くありません。

 それでは「髙美書店」の写真を交えながらご紹介します。

 「髙美書店」の入口です。10年ほど前にこのあたり一帯は区画整理され、それにともない「髙美書店」も縮小、立て替えを余儀なくされました。けれども「店書美髙」と書かれた看板には、いまも十分にその歴史が感じられます。


 「髙美書店」の隣には古い蔵があります。その2階がギャラリーのスペースとなっています。
 屋根の中央を太い柱が貫いています。店主の髙美泰浩さんによると、この柱は蔵創建当時のものでおそらく百数十年前のものではないか、とのこと。実物の柱は写真で見るよりもかなり重厚で迫力があります。


 60坪ほどの店内を見渡し、まず最初に驚かされるのが岩波文庫、岩波現代文庫、岩波新書の充実ぶりです。書棚をよくよく見てみると品切重版未定になっていたはずのエリオットの『文芸批評論』(岩波文庫・2006年41刷)が! まだまだ掘り出し物がたくさんありそうです。その他、みすず書房、青土社、工作舎、未來社、勁草書房など人文書を数多く刊行している出版社が目につきます。しかし、残念なことに小会の本は見つからず。髙美さんにぜひ置いていただくようお願いいたしました。
 「髙美書店」は出版活動もおこなっており、『一九が町にやってきた──江戸時代松本の町人文化』(鈴木俊幸著・髙美書店)が入口左手の棚にありました。その棚には他にも郷土本がたくさん並んでいます。なかでも観光客に一番人気があるのが、信州を愛する大人の月刊誌「KURA」(まちなみカントリープレス)。地方の月刊誌とは思えないほど内容が充実しています。


 人文書が売れないと言われています。それは地方都市の本屋さんではなおさらのこと。けれども「髙美書店」には多くの優れた人文書が置いてあります。それは頼もしくあると同時に、驚きでもあります。
髙美さんのおっしゃっていた言葉が印象的でした。
 「近くの大型書店との差別化をはかるという意味合いもあるけど、何より良い本を売っていきたい、という思いが強いです。松本で岩波書店やみすず書房や青土社を置いているのはウチくらいでしょう。でも、最近は書棚に入れたいと思う本がだんだん少なくなってきたように感じています」。

【髙美書店】
住所:  長野県松本市中央2-2-6
電話:  0263-32-0250
営業時間:10時〜19時
定休日: 年中無休
※松本駅の近くにあるパルコの細い小道をはさんだ向かい側にあります。駅から歩いて5分ほどです。お近くをお通りの際はぜひお訪ねください。


次回の「書肆探訪」は、11月末を予定しています。楽しみにお待ちください。

(K)

2010年10月20日水曜日

本学講師 友常勉さんの『脱構成的叛乱 吉本隆明、中上健次、ジャ・ジャンクー』刊行


 このたび、本学国際日本研究センター専任講師の友常勉さんの新著『脱構成的叛乱 吉本隆明、中上健次、ジャ・ジャンクー』が以文社より刊行されました。本書は、『現代思想』(青土社)をはじめとした各種媒体に書きためられた2001年から09年までの論考を、大幅に加筆改稿し纏めたものです。友常さん渾身の一冊です。

編集:前瀬宗祐
装幀:市川衣梨
以文社 2010年10月15日
本体 3,200円 四六判上製312頁
ISBN978-4-7531-0282-2

■帯文より:
民衆的な想像力による表現(=脱構成的叛乱)を、私たちはいかにして感知しうるのか? 吉本の〈表出論〉や中上の〈文学的企て〉、ジャ・ジャンクーの〈映画=政治的実践〉の試行をとおしてその相貌を精緻に追及した、民衆思想/芸術論の新たなる展開! 私たちの時代の〈疲労〉と〈歓喜〉。

 
■本書「序文」より:
本書は(……)具体的な民衆(被差別部落・中国民衆・農民)の〈叛乱〉についての記述を試みている。(……)〈叛乱〉は、「闘争の偶然」に従っており、「逆転するさまざまな力」、「奪い取られる権力」であり、かならずしも強くはなく、それどころか弱く、卑怯で、「自身に毒を与える支配」、「仮面をつけた別の支配」でさえある。(……)〈叛乱〉はひとつの方向をめざすわけではない。また、常に〈構成的〉であるわけでもない。

■目次:

序文

Ⅰ 吉本隆明の表出=抵抗論
 表出と抵抗──吉本隆明〈表出〉論についての省察

 〈意志〉の思考──一九七八年、ミシェル・フーコーと吉本隆明の対話
 『論註と喩』──反転=革命の弁証法
Ⅱ 中上健次と部落問題
 中上健次と戦後部落問題
 「路地」とポルノグラフティの生理学的政治
Ⅲ アジアの民衆表象
 アジア全体に現れている疲労という感覚──賈樟柯『長江哀歌』の映像言語
 震災経験の〈拡張〉に向けて
 街道の悪徒たち──『国道二〇号線』の空間論と習俗論
Ⅳ 農民論
 ある想念の系譜──鹿島開発と柳町光男『さらば愛しき大地』
 一九三〇年代農村再編とリアリズム論争──久保栄と伊藤貞助の作品を中心に

■著者紹介:
友常勉(ともつね・つとむ)
1964年生まれ。法政大学文学部卒業、東京外国語大学博士後期課程中退、博士(学術)。日本思想史。厦門大学外文学院講師、東京外国語大学非常勤講師などを経て、現在、東京外国語大学国際日本研究センター専任講師。著作に『始原と反復──本居宣長における言葉という問題』(三元社、2007年)。


(K)

2010年10月1日金曜日

『藤田省三セレクション』
  ──M編集長の読書日誌①



市村弘正編『藤田省三セレクション』
平凡社ライブラリー
HL判、440ページ、定価1,680円(税込) 


 平凡社ライブラリーに加わった『藤田省三セレクション』を読んで、あらためてこの戦後啓蒙の鬼っ子の思想に感心した。編者である市村弘正の選択も心憎い。
 冒頭に置かれている「天皇制国家の支配原理 序章」(初出は1956年)は、一読して「超国家主義の論理と心理」の丸山眞男の、だから正真正銘の近代主義のスタンスそのものだなあ、と思う。「厖大なる非人格的機構としての官僚制の、膨大なる人格支配の連鎖体系への埋没、客観的権限の主観的恣意への同一化、「善意の汚職」と「誠実なる専横」、かくて天皇制官僚制は、近代的なそれから全く逸脱してゆくのである」という結論は、この時点の藤田が天皇制国家の問題を、近代そのものの問題として考える回路を持っていなかったことを示している。
 ところが、かれがすごいところは、そこから「或る喪失の経験──隠れん坊の精神史」(81年)あたりを経て、近代に対するさらに深い疑念や絶望にぐんぐん降りていくことである。だから丸山シューレの「鬼っ子」と呼びたいのだ。「或る喪失の経験」のなかの「隠れん坊」や「おとぎ話」の読解には、今から見ると、80年代ポストモダンとして囃された文化人類学の記号論の影響がはっきりと見てとれる。それが、戦後の喪失について考察する際に、あるべき近代とその逸脱という近代主義的二項対立ではない想像力にまで飛躍させたのかもしれない。また、なによりそれが、転向という知識人のドラマ(「理論人の形成──転向論前史」)や、左翼ラディカリズムの突出と独善(「「プロレタリア民主主義」の原型──レーニンの思想構造」)よりも、戦後精神史にもっと強い規定力を持った高度経済成長の消費文化を、正面から思想の問題として思索するように、藤田に強いたのかもしれない。そこから、「「安楽」への全体主義──充実を取り戻すべく」(85年)という瞠目すべき問いが可能になったのだ。現在の新自由主義状況について正面から思索しようとするためには、反グローバリズムの新しい議論もさることながら、すでに80年代から「新重商主義」という概念で資本による文化的、思想的な浸食の動態を考えてきたこの読書人の仕事に立ち戻ってみることも大切だ。

(M)

出版会HPを更新しました

10/1、ブログの船出とともに出版会のHPも少しリニューアルいたしました。

出版会について」に、

1)岩崎稔編集長(本学教授)から出版理念、
2)岩崎務編集委員(本学教授)から小会の叢書や読書冊子の名前になっている「ピエリア」についての由来、

を寄せていただきました。

ぜひご覧ください。

(K)

東京外国語大学出版会のブログが船出します!

本日から、東京外国語大学出版会のブログがスタートしました。
編集部から、本と日常の汀から生まれる色とりどりの大波小波を、随時お届けします。

よろしくお願いいたします。

(K)