2013年6月7日金曜日

『大学のロシア語Ⅰ』『大学のアラビア語 詳解文法』刊行!


『大学のロシア語Ⅰ──基礎力養成テキスト』
著者:沼野恭子 匹田剛 前田和泉 イリーナ・ダフコワ
編集:小林丈洋
装幀・本文デザイン:小塚久美子
本文イラスト:たむらかずみ
東京外国語大学出版会 2013年3月29日
B5判 並製 275頁 定価:3360円(本体3200円+税)【CD2枚付/2色刷】
ISBN978-4-904575-25-3 C3887

『大学のアラビア語 詳解文法』
著者:八木久美子 青山弘之 イハーブ・アハマド・エベード
装幀・本文デザイン:小塚久美子
題字:イハーブ・アハマド・エベード
東京外国語大学出版会 2013年4月1日
B5判 並製 340頁 定価:3675円(本体3500円+税)【2色刷】
ISBN978-4-904575-27-7 C3087


この春、初学者から中級・上級者までを対象としたロシア語の教科書とアラビア語の教科書が、小会から刊行されました。ともに本学のロシア語教員、アラビア語教員が書き下ろした本格的な語学書です。ロシア語、アラビア語を学びたい、あるいは教えたいという方は、ぜひご注目ください。

さて本日は、日本における語学書の歴史を塗りかえるべく、この語学書の出版のミッションに携わっていただいた著者のなかから、中心的な役割を担っていただいたロシア語の沼野恭子先生とアラビア語の八木久美子先生にそれぞれ、本書の特色や制作にあたってのエピソードなどをお聞きしてきました。


『大学のロシア語Ⅰ』は、東外大ならではの工夫がいっぱい!

────著者の立場から、このたび刊行された『大学のロシア語Ⅰ──基礎力養成テキスト』の特色をお聞かせいただけますか?

沼野先生:この教科書は、もともとⅠ巻、Ⅱ巻の2冊で構想しています。Ⅰ巻は文法篇で、Ⅱ巻(来春刊行予定)は練習問題が中心になっています。Ⅰ巻にも練習問題は入っていますが、これは学んだものを定着させるためのもので、Ⅱ巻のほうはもう少し発展的な練習問題を入れてあります。これまで外大では、文法と練習問題がそれぞれ別々の体系になっている教科書を2冊使っていたのですが、この教科書では、それを有機的に組み合わせることによって、より効率的に、より効果的に、次のレベルへと発展させられるようにしています。

この教科書のおかげで、私たち外大の教員が理想としていた勉強方法が実現しつつあります。もちろん他大学での授業や独習者の方にも使っていただける教科書となっています。文法事項もかなり詳しく説明しています。この教科書には、振り返りを促すような親切な参照項目もたくさん入っていますので、ひとりでも充分に学習できるようになっています。それから文法表、単語表も丁寧に作ったので、初級文法はこれでほとんどマスターできるのではないでしょうか。

ところどころに名詞の格の随時表もついていて、これを見れば、自分がどこまで勉強しているのかもすぐに分かるようになっています。この随時表が良かった、と感想をもらした学生もいました。

────この教科書には、ダフコワ先生がふきこんだ例文などを収めた音声CDも二枚付いていますね。

沼野先生:そうですね。独習者の方には、特にこの付録CDが助けになると思います。何度も聞いていただいて、ぜひ耳でも勉強してほしいですね。

本書のアピールポイントとしては、「語彙コントロール」という既出の単語のみで文法の解説や練習問題を作る、といったことを徹底している点でしょうか。つまり、第3課の練習問題は第3課までに習った単語のみで作る、といったことをしています。とはいえ、Ⅱ巻の長文や会話文などで自然な流れにするために既出単語以外の語句をどうしても入れなければならないこともありましたが、その場合は、欄外に註をつけてあります。

また、巻末には文法表と単語帳を配し、別冊として練習問題の解答を付しているのですが、単語帳にはロシア語連邦教育科学省が認定する「ロシア語検定試験」の基礎レベルに出てくる単語と、本書に出てくる単語をほとんど収めています。この単語帳の単語は本当によく使われるものばかりなのです。

────たいへんなご苦労があったかと思いますが、執筆・編集の過程で先生がお感じになったことなどはありますか?

沼野先生:私たちはこの教科書を作るために、何度も議論し、書き方や項目の順番など非常に細かいところまで話し合いました。すでに市販されているⅠ巻に関して言いますと、文法がご専門の匹田剛先生が文法部分の叩き台を執筆し、文学がご専門の前田和泉先生が練習問題を入れながら調整して、ダフコワ先生がネイティヴ・チェックをするというふうに進めました。私は単に旗振り役にすぎず、たいしたことはしていませんが、うまく役割分担ができたのではないかと思っています。

語学教科書の編集のプロフェッショナルである小林丈洋さんに協力してもらえたことも大きかったです。ロシア語の誤植やレイアウトなども含め、何から何まで厳しいプロの目で見ていただきました。手にとって見ていただけると分かるのですが、レイアウトもとても見やすくなっています。

さらに昨年度一年間、この教科書のパイロット版を実際の授業で使い、教員や学生の感触が得られたことがありがたかったです。これらの反応をもとに、さまざまに改善しました。これまでの教科書は、実際の教育現場で得た反応を編集に活かすことはなかなかできなかったと思います。これは、本学に出版会があったからこそ、試みることができたのだと思います。学生と教員と編集者が同じ大学のなかにいて、密接にコミュニケーションをとることができたからこそ、実現したのです。これは大学という教育現場の最前線に出版会があることの大きな利点だと思っています。

『大学のアラビア語 詳解文法』は、日本のアラビア語教育を変える!

────著者としてこの教科書のセールスポイントをお聞かせいただけますか?

八木先生:これまでにも日本語で書かれたアラビア語の教科書は何種かありましたが、その多くは、大まかに二種類に分かれていました。一つは入門書で終わっているタイプ。もう一つは教科書というよりも参考書のようなタイプ、つまり迷ったときに参照するタイプです。要するに、これまでの教科書では、アラビア語を一から学びはじめた学生を、日常的に使えるレベルにまで短期間で導くのはなかなか難しかったのです。一般読者においても、初級文法を終えた後に、次のステップに進むための教科書はありませんでした。そういった状況が長いこと続いていましたので、きっとニーズはあるだろうな、と以前から感じていました。この『大学のアラビア語 詳解文法』は、そのあたりの需要にも充分応えられていると思っています。

────他に特色はありますか?

八木先生:練習問題がとても充実しています。練習問題をこれほど豊富に載せている教科書は、これまでありませんでした。あったとしても「日本語に訳しなさい」だけです。それだけでは、英語をきちんとした教科書で学んできた多くの日本人には、少々物足りない。さまざまな手法をこらした練習問題をやっていないと、理屈では分かっていても、それを実践するときについつい忘れてしまったり、間違ったりしてしまうものです。

もうひとつ特色があります。アラビア語は正則語と口語(というか方言)の二つに分かれるのですが、正則語というと出所はどうしても『コーラン』になります。要するに、名のある文法書を読むとどうしても例文が古くて固い。もちろん文法の説明にはそれで充分なのです。でも、教科書に書かれている例文を憶えながら、すぐに使える語彙を増やしていった方が効率がいいのですよ。そういう点を配慮して、文法の説明のときに使う例文や、ちょっとした表現も、できるだけすぐに使えるよう日常に根ざした例文を載せています。

────アラビア語を学ぼうとする学生や一般読者のニーズはどの程度あるのでしょう?

八木先生:これまではそれほど大きな市場ではなかったと思います。入門程度を少しやってみようか、という人はたくさんいたと思うのですが、そのレベルを超えて学ぼうとする学生は、本学と大阪外国語大学(現大阪大学)にしかいなかったと思います。けれどもいまはいろんな大学でアラビア語を教えていますし、全国では驚くほどの数の学生が勉強しています。アラビア語を専門に教えている大学はあいかわらず多くはないですが、歴史の分野であれ、思想の分野であれ、宗教の分野であれ、しっかりとアラビア語を読める学生は本当に多くなっています。

先日、慶應義塾大学のイスラーム法をご専門とする先生にお話をうかがったところ、すべての学年を合わせると100人くらいはアラビア語を勉強していて、なかには中級以上のレベルのアラビア語を操れる学生もいる、と聞きました。アラビア語が必修でもなんでもないのですが、そういった学生も他大学にはたくさんいるのです。

────やはりニーズは高まっているようですね。このレベルの本格的な教科書は、やはり本学にしかできなかったのでしょうか?

八木先生:他の大学にもアラビア語の教科書を作れる教員はいます。けれども、これくらい質の高い教科書を作るには一人ではとうてい無理です。何人かのチームを組まなければなりません。そのチームを組める大学となると、やはり本学しかないでしょう。おかげさまで『詳解文法』は他大学の教員からもかなり評価していただいています。

────執筆・編集の過程でご苦労されたこと、あるいは印象に残ったことはありますか?

八木先生:じつはチームを組むことによって、新しい発見もたくさんもあったのです。これまではそれぞれの教員が独自の方法で教えていたところもあったのですが、この教科書を作るプロセスのなかで、各教員の教授法を共有することができました。「なるほど、そう教えるとたしかにいいなぁ」といった感じで、お互い感心しあっていました(笑)。チームを組んで作ることがなければ、こういった発見は絶対にありませんでしたし、これは日本のアラビア語教育にとって、とても意義深いことだったと思います。

────独習者の方にもさまざまに配慮されているようですね。

八木先生:はい、その一つとして、非常に便利な単語帳を巻末に付けました。じつはこの単語帳の並べ方はアラビア語辞書のスタンダードな並べ方ではないのです。これまでの辞書の並べ方はある程度習熟した人には便利なのですが、初心者の方には非常に難しい。語根順になっていて、ある程度アラビア語の文法を理解していないと引けないような仕組みになっているのです。そこを、勉強しはじめたばかりの方でも活用できるよう、つづりのアルファベット順に並べています。

文法だけでなく、より実践的な能力を身につけたい方は、発音について学べる『発音教室』(DVD付)、作文や会話について学べる『表現実践』なども今後刊行しますので、こちらもぜひ楽しみにお待ちください。


■『大学のロシア語Ⅰ』著者紹介:
沼野恭子(ぬまの きょうこ)
東京外国語大学総合国際学研究院教授。ロシア文学・ロシア文化・比較文学専攻。著書に『夢のありか──「未来の後」のロシア文学』(作品社、2007)など、訳書にリュドミラ・ウリツカヤ『女が嘘をつくとき』(新潮社、2012)などがある。

匹田 剛(ひきた ごう)
東京外国語大学総合国際学研究院准教授。ロシア語学専攻。論文に「ロシア語における主語・述語の一致をめぐって」(『北海道言語文化研究』第8号、 2010)などがある。

前田和泉(まえだ いずみ)
東京外国語大学総合国際学研究院准教授。ロシア文学、20世紀ロシア詩専攻。著書に『マリーナ・ツヴェターエワ』(未知谷、2006)、訳書にアルセーニイ・タルコフスキー詩集『白い、白い日』(ECRIT、2011)などがある。

イリーナ・ダフコワ
前東京外国語大学客員准教授。会話文の統語論、語用論専攻。



■『大学のアラビア語 詳解文法』著者紹介:
八木久美子(やぎ くみこ)
東京外国語大学総合国際学研究院教授。近代イスラム、宗教学専攻。著書に『グローバル化とイスラム──エジプトの「俗人」説教師たち』(世界思想社、 2011)など、訳書に『エドワード・サイード──対話は続く』(上村忠男、粟屋利江との共訳、みすず書房、2009)などがある。

青山弘之(あおやま ひろゆき)
東京外国語大学総合国際学研究院教授。専門は現代東アラブ政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア──歴史と政治構造から読み解く』(岩波書店、 2012)などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春(シリア革命2011)顛末記」を運営。

イハーブ・アハマド・エベード
カイロ大学文学部日本語日本文学科助講師。2011年より東京外国語大学世界言語社会教育センター外国人主任教員をつとめる。編著書に『パスポート日本語 アラビア語辞典』(共著、白水社、2004)などがある。
(後藤亨真)

2013年4月19日金曜日

『千鳥足の弁証法──マシャード文学から読み解くブラジル世界』刊行

装丁:細野綾子
東京外国語大学出版会 2013年3月15日
四六判・上製・325頁・定価:2940円(本体2800円+税)
ISBN978-4-904575-24-6 C0098

 このたび小会から、武田千香先生(本学大学院総合国際学研究院教授)の『千鳥足の弁証法──マシャード文学から読み解くブラジル世界』を刊行しました。

 本書は、批評家スーザン・ソンタグが「ラテンアメリカ最高の作家だ」と評したブラジルの文豪マシャード・ジ・アシスの最高傑作『ブラス・クーバスの死後の回想』(1881)の物語世界を、独自の視点で読み解き、ブラジル世界の本質に迫った渾身の一冊です。と同時に、2014年FIFAワールドカップ、2016年リオデジャネイロ五輪と、今後ますます注目される「ブラジル」を、人・社会・文化という観点からも考察した独創的な本です。

 ブラジル文学のみならず、ブラジルの社会や文化に興味のある方あるいは関わりの方は、ブラジルの深遠に肉薄した本書を、ぜひ手にとってお読みください。

■目次より:
プロローグ リヴラメントの丘(モッホ)で
第一章 〈X〉と〈非・X〉が織りなす物語世界──悪徳も美徳の肥やし
第二章 ブラス・クーバスによる人生レヴュー──ナラティヴに関する試論として
第三章 パフォーマンスによる「制度」への問い──劇中劇風の回想録
第四章 「非・小説」と「非・教育」の実践──ブラス・クーバスによる読書のレッスン
第五章 物語(イストリア)に託された歴史(イストリア)──「執念」の茶番(ファルス)
第六章 文体が映し出すブラジルの人・社会・文化──千鳥足の弁証法
エピローグ ブラジルのリズム
付録 『ブラス・クーバスの死後の回想録』の物語世界のイメージ図
参考文献
あとがき

【本書「プロローグ」より】
『ブラス・クーバスの死後の回想』には、ブラジルの人・文化・社会を理解するための鍵となるある重要な公式が隠されている。このように書くと、何やらあまりに大胆で大げさに聞こえるかもしれないが、私にはその公式が、ブラジルの歴史や社会ばかりでなく、「ジェイチーニョ(jeitinho)」と称されるブラジル人の要領のよい社会遊泳術やブラジルのサッカーのスタイル、そしてカポエイラ(武芸)や音楽やカーニバルなど、ブラジルの代表的な文化事象の特質を見事に解き明かしてくれるように思うのだ。

■著者紹介:
武田千香(たけだ ちか)
東京外国語大学総合国際学研究院教授。ブラジル文学・文化専攻。著書に『ブラジルのポルトガル語入門』(三省堂、2001)、『ことたび ブラジルポルトガル語』(白水社、2002)など。共編著に『現代ポルトガル語辞典』(白水社、2005)など。訳書にJ・アマード『果てなき大地』(新 潮社、1996)、シコ・ブアルキ『ブダペスト』(白水社、2006)、パウロ・コエーリョ『ポルトベーロの魔女』(角川書店、2008)、マシャード・ ジ・アシス『ブラス・クーバスの死後の回想』(光文社古典新訳文庫、2012)などがある。

2013年3月22日金曜日

青山弘之著『混迷するシリア──歴史と政治構造から読み解く』刊行

昨年の12月、本学の青山弘之先生が、『混迷するシリア──歴史と政治構造から読み解く』を岩波書店から刊行しました。

著者:青山弘之
編集:藤田紀子
岩波書店 2012年12月19日
本体1700円・B6判・並製・カバー・158頁
ISBN 978-4-00-022923-4

2010年の終わりにチュニジアで端を発した「アラブの春」。この政治変動が、シリアに波及したのは2011年3月でした。「民主化」を求めて立ち上がったシリアの人びとは、厳しい弾圧と諸外国の思惑のなかで、いまも恐怖にさらされながら生活しています。昨年8月、日本人カメラマンの山本美香さんがシリアでの銃撃戦に巻き込まれて命を落としました。この事件によって、その混乱の激しさをあらためて知った人も少なくないかもしれません。

著者である青山先生は、本書の冒頭で「シリア情勢を単純化された「民主化」論に押し込めること」に対して「違和感」を感じると書いています。「独裁政権」という悪に「革命」で対抗する、といったような勧善懲悪で予定調和な「民主化」の流れのなかにいまのシリアの状況を持ち込んでも、決してその実情を理解することはできない、と。本書は、このような問題意識のもと、シリアの現代史、政治構造、さらには国際関係などの観点から、シリア政治のいまに迫ります。シリアに対する固定概念を取り払い、さまざまな視点からこの問題について考えるために、本書を手に取ってみてはいかがでしょうか。

帯文:
「民主化」か、「内戦」か、それとも「独裁体制」の存続か
シリア情勢を読み解くうえで必備の一冊!

目次:

第1章 バッシャール・アサド政権は「独裁政権」か?
1 モザイク社会としてのシリア
2 「ジュムルーキーヤ」への道
3 権力の二層構造
4 亀裂操作
5 市民社会建設に向けた実験
第2章 東アラブ地域の覇者
1 アラブ・イスラエル紛争――地政学的ライバル
2 レバノンへの関与――二つの国家、一つの人民
第3章 反体制勢力の「モザイク」
1 交錯する類型
2 反体制運動の高揚
第4章 「アラブの春」の波及
1 改革要求運動
2 体制打倒運動
第5章 「革命」の変容
1 シリア化――反体制勢力の迷走
2 軍事化――武装集団の台頭
3 国際問題化――混乱のさらなる助長
終章 弾圧と「革命」に疎外される市民
参考文献一覧

著者紹介:
青山弘之(あおやま ひろゆき)
1968年生まれ。東京外国語大学総合国際研究院国際社会部門准教授。専攻は、現代アラブ政治、思想、歴史。東京外国語大学アラビア語学科を卒業後、一橋大学大学院社会学研究博士後期課程単位取得退学。その後、パリ大学付属在ダマスカス・フランス・アラブ研究所(現フランス中東研究所〈IFPO〉)研究アラビア語修得過程を終了。同研究所共同研究員、アジア経済研究所地域研究センター中東研究グループ研究員等を経て現職。著書に『中東・中央アジア諸国における権力構造 アジア経済研究所叢書1』(共編、岩波書店、2005年)、『現代シリア・レバノンの政治構造 アジア経済研究所叢書5』(共著、岩波書店、2009年)など。また、ウェブサイト「シリア・アラブの春(シリア革命2011)顛末記」を運営。

2013年1月8日火曜日

年のはじめにおすすめの海外文学──トンドゥプジャ著『ここにも激しく躍動する生きた心臓がある』(チベット文学研究会編訳)


本書は、チベット現代文学の祖といわれるトンドゥプジャ(1953-85)の代表的な小説を集めた作品集です。彼の本が日本で出版されるのは、これがはじめてです。つまり、チベット語で書かれたチベット現代文学が、日本ではじめて翻訳されたのです。

著者:トンドゥプジャ
編訳:チベット文学研究会
編集:岡田林太郎
装丁:水橋真奈美
勉誠出版 2012年11月20日発行
本体3600円・四六判・上製・480頁

『ここにも激しく躍動する生きた心臓がある』は、わずか32年でみずから人生に幕を閉じた伝説の作家トンドゥプジャが、チベットの人びとの喜びや哀しみを丹念に描いた作品群です。これらの作品のひとつひとつには、トンドゥプジャの激しい情熱や瑞々しい創造の気概が、満ち溢れています。
チベットの人びとにとって、詩は大変身近な存在だと言われます。本書の訳者のひとりである本学の星泉先生は、チベットに赴くとよく即興で詩を交わし合っている若者たちを見ることが多く、そのたびに驚嘆させられる、と言います。詩をこよなく愛するチベットの人びとに高い人気を誇る詩人・小説家、それがトンドゥプジャです。

この本には彼の主要作品が収められているだけでなく、その作品世界を理解するための手助けとなる詳細な解説や彼の伝記も付されています。
本書をきっかけに、日本においてはいまだ未知の存在であるチベットの現代文学に、触れてみてはいかがでしょうか?

■目次:
〈作品〉
ペンツォ
ドゥクツォ
語り部
頑固爺さん
ドンタクタン
化身
霜にうたれた花
悲しみ
青春の滝
恩知らずの嫁
骨肉の情
細い道
ツルティム・ジャンツォ
ここにも激しく躍動する生きた心臓がある
愛の高波

〈解説〉
作品解説
訳者解説──トンドゥプジャとチベット現代文学

〈付録〉
トンドゥプジャの生涯(ペマブム著)
トンドゥプジャ作品とチベットのことわざ
チベット文学の読書案内
アムド地図
トンドゥプジャ年譜
訳者あとがき

■著者紹介:
トンドゥプジャ
1953年、東北チベットのアムド地方(青海省黄南チベット族自治州チェンザ県)に生まれる。ラジオ局勤務、教職を経て、1981年、処女作『曙光』を青海人民出版社より出版。仏教文化伝統の縛りが極めて強かったチベット文学に斬新な口語的表現を導入して、男女の感情の機微や普通の人々の心のうつろいを描き、チベット文学界に新風を巻き起こした。とりわけ中国という新体制下の社会を写実的に描いた小説をチベット語で書いた最初の作家である。1985年、32歳で自殺。死後四半世紀がすぎた今なおその存在感は薄れることなく、チベット現代文学の祖として崇められている。1997年には『トンドゥプジャ著作集』(全6巻)が出版された。

■編訳者紹介:
チベット文学研究会
チベットの現代文学を愛好するメンバーによって結成。2004年頃から翻訳活動を開始。2008年からは雑誌『火鍋子』にて毎号チベット現代文学の作品を翻訳・紹介している。

星泉(ほし・いずみ)
東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授。著書に『現代チベット語動詞辞典(ラサ方言)』(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)など。チベット映画の翻訳、字幕監修なども手がける。2006年に第2回日本学術振興会賞および第2回日本学士院学術奨励賞を受賞。

大川謙作(おおかわ・けんさく)
東京大学大学院総合文化研究科学術研究員(東京大学東洋文化研究所)。著作に「欺瞞と外部性:チベット現代作家トンドゥプジャの精読から」、『中国における社会主義的近代化』(勉誠出版)など。2008年に第4回太田勝洪記念中国学術研究賞を受賞。

海老原志穂(えびはら・しほ)
日本学術振興会特別研究員(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)。著書に『アムド・チベット語の発音と会話』(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)、「トゥンドゥプゲとアムド地方のことわざ」(『火鍋子』)など。

三浦順子(みうら・じゅんこ)
チベット関係の翻訳に長年携わる。訳書に『ダライ・ラマ 宗教を語る』(春秋社)、『チベット政治史』シャカッパ(亜細亜大学アジア文化研究所)、『チベットの娘』R・D・タリン(中央公論新社)、『ダライ・ラマ 宗教を越えて』(サンガ)など。

(後藤亨真)

2012年12月26日水曜日

本学多磨駅側の掲示板に出版会情報を掲示!

この掲示板は、東京外国語大学の取り組みやイベントの告知など、本学の情報を広く地元住民に発信するためのものです。「本学が出版している書物を通じて、本学をより身近に感じてほしい」との考えから、この秋、出版会の新刊・既刊情報やニュースを掲示することになりました。

まず、最新刊行物として、11月に刊行した『中国近代史』の情報を掲示しています。現在の中国を取り巻く情況と、中国近現代史の理解に大きな光をあてる、古典的歴史書の翻訳です。

トピックスコーナーは、出版会のニュースがあるたびにその都度情報を更新していきます。現在は、毎年春に発行している読書冊子「pieria(ピエリア)」のPDF版ダウンロードのお知らせです。ダウンロードは、小会のホームページからできます。

 定期刊行物として、本学アジア・アフリカ言語文化研究所編集の雑誌『FIELD+(フィールドプラス)』を紹介しています。年に2回(1月・7月)発行しています。毎回ユニークな特集で世界各地の文化や情勢を魅力的に伝えています。

 「pieria(ピエリア)」とは、学生の読書推進を目的に毎年春に発行し、無料で配布している読書冊子です。学内はもとより学外からも好評をいただいています。ご興味のある方は、出版会にお問い合わせください。

刊行書籍の背表紙が刊行順に並んでいます(左)。簡単な内容紹介文とともに書誌情報が書かれた刊行リストも掲示しています(右)。刊行リストはここからダウンロードできます。

本学にお立ち寄りの際はぜひご覧ください。

(後藤亨真)

2012年12月6日木曜日

『中国近代史』刊行


装丁:大橋泉之
東京外国語大学出版会 2012年11月15日
四六判・上製・272頁・定価:2625円(本体2500円+税)
ISBN978-4-904575-22-2 C0022

このたび佐藤公彦先生(本学大学院総合国際学研究院教授)翻訳による、蒋廷黻著『中国近代史』を刊行しました。

本書は、中華民国の外交官としてソ連大使も務めた中国外交史研究のパイオニアである蒋廷黻氏が、アヘン戦争から抗日戦争初期までの歴史を生き生きと描いた古典的歴史書(初版1938年)です。また、現在の中国をとりまく情況と中国近現代史の理解に大きな光をあてる、いわば共産党の歴史観の陰に埋もれた“もうひとつ”の中国近代史でもあります。

巻末には、約50ページにもおよぶ佐藤先生による大変力のこもった解題「中国近現代史理解のパラダイム転換のために」が収録されています。ここには、本書の魅力の一つとしてこう書かれています。
われわれが本書を読んで、きわめて面白く感じるのは、清朝中国の権力や交渉の地位にあった者たちが当時どのように考えていたのか、どのように意見を述べたのか、何を感じていたのかが、たいへん的確で絶妙の文章で表現されており、実に生き生きとしているからである。この絶妙なニュアンスの捉えは中国人ならではのことで、外国人のわれわれには到底及ばない芸当なのである。ここには血の通った人間が描かれている。
折しも日中関係が問題化しつつあるなか、中国近現代史の理解に欠かせない本書を、ぜひ手にとってご覧ください。

■目次より:
小序(一九五九年 啓明書局版)
総論
第一章 剿夷と撫夷
第二章 洪秀全と曾国藩
第三章 自強とその失敗
第四章 分割と民族の復興
解題 中国近現代史理解のパラダイム転換のために 佐藤公彦

■著者紹介:
蒋廷黻(しょう ていふつ)
1895年生まれ。中華民国の歴史学者・外交官。1912年に17歳で渡米、パーク・アカデミー(ミズーリ州)、オーベリン・カレッジ(オハイオ州)を卒業。コロンビア大学大学院で歴史を学び、哲学博士の学位を取得。帰国後の1923年、天津の南開大学歴史学部教授、1929年に清華大学教授・歴史系主任に就任し、中国の外交史を中心とする近代史研究に従事。1935年、蒋介石行政院長下の政務処長に就任、ソ連大使、国際連合の中華民国代表、駐米大使等を歴任し、1965年にニューヨークで死去。

■訳者紹介:
佐藤公彦(さとう きみひこ)
1949年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。社会学博士。現在、東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。中国近代史専攻。著書に『義和団の起源とその運動──中国民衆ナショナリズムの誕生』(研文出版、1999年)、『「氷点」事件と歴史教科書論争──日本人学者が読み解く中国の歴史論争』(日本僑報社、2007年)、『清末のキリスト教と国際関係──太平天国から義和団・露清戦争、国民革命へ』(汲古書院、2010年)など。訳書にピーター・バーク『歴史学と社会理論 第二版』(慶應義塾大学出版会、2009年)、ジョナサン・D・スペンス『神の子 洪秀全──その太平天国の建設と滅亡』(同、2011年)などがある。

2012年11月22日木曜日

本学研究講義棟1階ガレリア展示スペースにて「ジョン・ケージ」展を開催中!



現在、本学の研究講義棟1階のガレリア展示スペースで、「ジョン・ケージ展 沈黙という名の書物」(企画:小川茉侑・安土紗生・今泉瑠衣子[以上今福ゼミ]・後藤亨真[本学出版会]、協力/資料提供:今福龍太先生)を開催しています。ジョン・ケージ(1912-92)は、アメリカの前衛的な音楽家であり、ユーモラスなキノコ研究家でもあります。そのジョン・ケージ生誕100年を記念して、本学の今福先生からケージの『SILENCE』初版版と50周年記念版、そして『M』や『X』など代表的な著作を多数お借りして展示しています。また、ケージに多大な影響を与えた19世紀の哲学者、詩人、ナチュラリストでもあったヘンリー・デイヴィッド・ソローの200万語にもおよぶ長大な日記が収められた貴重な書物も展示しています(展示書物は下記のリストをご参照ください)。ショーケースの右端にはケージの音楽が聴けるヘッドフォンも設置しています。

これらの展示物のあいだを繋ぐようにバランスよく配置されているプレートには、今福先生がジョン・ケージについて書いたテキスト(雑誌「考える人」No.41所収)の引用が印字されています。展示されている書物を見ながら、プレートに書かれたテキストを読むことによって、音楽家に留まらなかったジョン・ケージの思想家としての一面が、鮮明に見えはじめてきます。

12月下旬まで開催を予定していますので、まだご覧になっていない方はぜひ一度お立ち寄りください。





〈「ジョン・ケージ展 沈黙という名の書物」展示書物リスト〉
ケージのテキスト
John Cage. SILENCE. Wesleyan University Press, 1961
John Cage. SILENCE. 50the Anniversary Edition. Wesleyan University Press, 2011
John Cage. .
John Cage. .
ジョン・ケージ『サイレンス』柿沼敏江訳、水声社、1996
ジョン・ケージ『小鳥たちのために』青山マミ訳、青土社、1982
ジョン・ケージ『ジョン・ケージ著作選』小沼純一編、ちくま学芸文庫、2009

ケージに決定的影響を与えたテキスト
Henry David Thoreau. Journal. Dover
James Joyce. Finnegans Wake.
Aldous Huxley. The Perennial Philosophy.
鈴木大拙『禅に生きる』守屋友江編訳、ちくま学芸文庫、2012

その他のテキスト
「ユリイカ 特集*ジョン・ケージ 鳴り続ける〈音〉」青土社、2012.10

※ なお、ジョン・ケージに関わる以下の書物や雑誌は、本学の附属図書館に所蔵されています。ぜひご覧ください。
John Cage : suivi d'entretiens avec Daniel Caux et Jean-Yves Bosseur / Jean-Yves Bosseur
白石美雪『ジョン・ケージ 混沌ではなくアナーキー』武蔵野美術大学出版局、2009
ジョン・ケージ『ジョン・ケージ著作選』小沼純一編、ちくま学芸文庫、2009
ポール・グリフィス『ジョン・ケージの音楽』堀内宏公訳、青土社、2003
庄野進『聴取の詩学──J・ケージからそしてJ・ケージへ』勁草書房、2002
「ユリイカ 特集*ジョン・ケージ 鳴り続ける〈音〉」青土社、2012.10

(後藤亨真)