2010年12月28日火曜日

小会の仕事納め



 先週で年内の授業がほぼ終わり、学生さんの姿はとんと見られなくなりました。学内はすっかり静まり返り、スズメやカラスの鳴き声や調布飛行場から飛びたつ飛行機の音がはっきりと聞こえます。今年が終わりつつあるのを実感します。小会も本日で仕事納めです。
 来年は、蒔かれた種が次つぎに芽吹くような躍進の年になりそうです。引きつづき当ブログを、当出版会をよろしくお願いいたします! それではみなさま良いお年を。


(K)

2010年12月22日水曜日

今井昭夫・岩崎稔編著『記憶の地層を掘る──アジアの植民地支配と戦争の語り方』刊行


 このたび、本学の今井昭夫先生、岩崎稔先生編著による『記憶の地層を掘る──アジアの植民地支配と戦争の語り方』が、御茶の水書房から刊行されました。

 本書は、本学海外事情研究所が1999年から2002年にかけて開催した「戦争の記憶」をテーマとするシンポジウム(「占領の記憶をどう描くか」、「ハリウッドではないベトナム戦争」)で発表された論考を中心に纏められています。

 このシンポジウムは、日本やオランダの「占領問題」や「戦争責任」などが扱われていたために、右翼の反感を買い、怒号も巻きおこるほどの荒れ模様だったようです。しかしながら開催することに強い意味を見いだし、またそれを理解した外語大の先生を中心とした支援者たちによって、会は無事終了します。そうした波乱に満ちた企ての中から、本書に収録した各論考は生まれました。

 シンポジウムから8年。本書に編まれた論考はいまだ風化せず、現代の日本に生きる私たちに切実に語りかけます。

編集:橋本育
御茶の水書房 2010年10月28日
本体2,600円 A5判・並製 本文272頁

■帯文より:
痛みに満ちた集合的記憶を、いま精緻にときほぐす
アジア太平洋戦争期の占領と、再植民地化、抵抗と独立戦争、内戦の解放──、積み重ねられた各層の記憶からの問いを、ポストコロニアルなリアリティとして考察する。

■本書「はじめに」より:
わたしたちは、東アジアや東南アジアという言葉で表される何がしかの(……)空間をわかったつもりでいる。(……)コロニアリズムの記憶、アジア太平洋戦争期の占領と再植民地化の記憶、抵抗と独立戦争の記憶、内戦と解放の記憶、そして内的分裂と創出される国民国家の記憶などなど──(……)。本書では、そうした「記憶—内—存在」とでもいうべきわたしたちのあり方を、東南アジアという空間における歴史的争点をめぐって、具体的に光をあてようとしたのである。

■目次:
Ⅰ 「敗者」と「勝者」の戦争の記憶──アメリカとベトナム
Ⅱ 記憶の地層に分け入る──ベトナム戦争文学の深層
Ⅲ 「南洋」における戦争と占領の記憶

■執筆者・訳者一覧(*は編者):
生井英孝(いくい・えいこう)共立女子大学教授
今井昭夫*(いまい・あきお)東京外国語大学大学院教授
朱建栄(しゅ・けんえい)東洋学園大学教授
平山陽洋(ひらやま・あきひろ)
北海道大学グローバルCOEプロジェクト学術研究員
バン・ヒョンソク(ばん・ひょんそく)作家、韓国・中央大学校教授
バオ・ニン(ばお・にん)作家
川口健一(かわぐち・けんいち)東京外国語大学大学院教授
岩崎稔*(いわさき・みのる)東京外国語大学大学院教授
レムコ・ラーベン(れむこ・らーべん)ユトレヒト大学准教授
青山亨(あおやま・とおる)東京外国語大学大学院教授
大久保由理(おおくぼ・ゆり)立教大学非常勤講師
中野聡(なかの・さとし)一橋大学教授

2010年12月7日火曜日

詩人の都──編集室だより①


 毎年11月20日前後に行われる外語祭(学園祭)が終わると、大学構内はすっかり冬の気配に包まれます。そんな年の瀬にお知らせを三つほど。

 まず、新刊が出ました。ジリアン・ビア著『未知へのフィールドワーク──ダーウィン以後の文化と科学』は、ダーウィンの『種の起源』に象徴されるように、19世紀から20世紀にかけてめざましい変貌を遂げた知的・思想的状況をふまえ、数々の学問分野における豊かな成果を丹念に渉猟しながら、人間の知識と経験の変容をさぐる研究論文集。本学の鈴木聡先生渾身の翻訳です。


 12月9日(木)には、毎年恒例の本学附属図書館公開講演会が開かれます。今年は詩人のアーサー・ビナードさんをお招きし、『もしも文字がなかったら──未知のことばをもとめて』という刺激的なテーマでお話しいただきます。ビナードさんは『日本の名詩、英語でおどる』(みすず書房・2007年)で、日本の近現代のすぐれた詩を英訳し、鑑賞を試みていますが、この本で取り上げられている26名の詩人のうち、3名が本学出身者なのです。すなわち、中原中也、石原吉郎、岩田宏。本学は詩人を育む学舎なのですね。

 ところで、ビナードさんは、この本のまえがきでこんな言葉を引用しています。
 The past is a foreign country: they do things differently there.
 「過去とは一種の外国だ。そこではみんな、様子もやり方も違う」

 これは、イギリスの作家L. P. ハートレーの小説『橋渡し』の冒頭の一節。なんとも感銘深い言葉ですが、すぐれた詩は私たちを時空を超えた異国に誘ってくれるようです。


 12月11日(土)には、本学総合文化研究所・出版会共催でシンポジウム「世界文学としての村上春樹」が開催されます。世界各地で多くの読者を魅了する村上春樹の文学は、世界文学としてどのように位置づけられるのか。日本・中国・ロシア・アメリカの国民的作家らとの比較を通して、春樹文学の世界観と魅力を捉え直します。

 師走の喧噪を離れ、本学で冬のひとときを過ごしてみませんか。

(R)

2010年12月6日月曜日

『未知へのフィールドワーク
  ──ダーウィン以後の文化と科学』刊行


装幀:気流舎図案室
東京外国語大学出版会 2010年12月6日
A5判・上製・528頁・定価:4410円(本体4200円+税)
ISBN978-4-904575-09-3 C0098


12月6日(月)、本学の鈴木聡先生翻訳によるジリアン・ビア『未知へのフィールドワーク──ダーウィン以後の文化と科学』が、小会から刊行されました。

ダーウィンが『種の起原』を書いた19世紀は、人類にとって知的・思想的にダイナミックな変革を遂げた時代でした。そのとき新たに生まれた科学的な知識や発見は、現代の私たちに多大な影響を与えています。この本は、その豊かな影響をダーウィンの思想を手がかりにたどり、21世紀の知の世界に開こうとする試みです。














■目次:
緒言
序論

Ⅰ ダーウィン的な出会い
第一章 ビーグル号上の四つの肉体
第二章 土着民は回帰し得るか
第三章 逆方向の旅
第四章 他者を代弁する
第五章 ダーウィンと言語理論の成長
第六章 失われた環の創出=捏造

Ⅱ 科学的著述における記述と引喩
第七章 発見の言語における記述の問題
第八章 翻訳か変形か
第九章 ヴィクトリア朝の科学的著述における譬え、専門化、文学的引喩

Ⅲ ヴィクトリア朝の物理学と未来
第十章 「太陽の死」
第十一章 ヘルムホルツ、ティンダル、ジェラード・マンリー・ホプキンズ
第十二章 読者の賭け
第十三章 波動理論とモダニズム文学の勃興

Ⅳ コーダ
第十四章 『四角が変じて円となる』、ならびにその他の奇妙な符号

訳者あとがき
人名索引

■著者紹介より:
ジリアン・ビア(Gillian Beer)
1935年、イングランド生まれ。オックスフォード大学で英文学を学んだのち、ロンドン大学、ケンブリッジ大学などで教鞭を執る。ブッカー賞の選考委員、 ケンブリッジ大学出版局の『19世紀文学・文化研究叢書』の編集主幹などを務める。著書には、本書のほか邦訳では『ダーウィンの衝撃』(渡部ちあき・松井優子訳、富山太佳夫解題、工作舎、1998年)がある 。

■訳者紹介より:
鈴木聡(すずき・あきら)
1957年、弘前市生まれ。東京大学大学院人文科学研究科英語英文学専門課程修士課程修了。現在、東京外国語大学総合国際学研究院(言語文化部門)教授。 著書に『終末のヴィジョン──W・B・イェイツとヨーロッパ近代』(柏書房)、訳書にスピヴァック『文化としての他者』(共訳、紀伊國屋書店)、イーグルトン『美のイデオロギー』(共訳、同)などがある。

2010年12月2日木曜日

東京都江東区「しまぶっく」──書肆探訪②


 第2回目の書肆探訪は東京都江東区の地下鉄清澄白河駅にほど近い「しまぶっく」です。1回目に取材した「高美書店」とはうってかわって、今年の9月23日に開店したばかりの新しい書店です。いわゆる新刊書店ではなく、古書を中心に新刊の洋書や絵本、さらには雑貨も取り揃える古本屋さんです。

 店主は、昨年の9月まで青山ブックセンター(ABC)にお勤めになっていた渡辺富士雄(わたなべ・ふじお)さん。これまでたくさんのフェアを企画し、多くの読者の読書意欲をかき立て、時には挑発し、時には唸らせてきた名物書店員さんです。

 渡辺さんは早稲田大学卒業後、就職された専門学校が経営していた書店にお勤めになります。ここで書店の魅力に引き込まれます。けれども社内での人事異動にともない書店から離れることに。ところがいったん花開いてしまった書物への情熱はもうとどめようがありません。専門学校をすぐに退職。そして1987年にABCに入社。そのとき渡辺さんは27歳。本格的な書店員人生がここからスタートします。

 そこから10年間ABC六本木店にお勤めになりますが、いろいろな書店を見てみたくなったこともあり、97年ジュンク堂書店東京進出を機に転職。ジュンク堂書店池袋本店を経て、99年に大宮店初代店長に就任。しかし、ここでのお仕事は店長職ということもあり、書物や書棚や読者からはやや距離を置いた、職場管理の仕事が中心にならざるをえませんでした。直接自分の手で書棚を育てていく仕事がしたい、との強い思いがつのり、ジュンク堂書店を退職。東京ランダムウォーク神田店、赤坂店を経て、ABCに復職。2009年9月ABC六本木店退職後、1年間の準備期間を経て、2010年9月「しまぶっく」を開店されました。


 そんな「しまぶっく」を写真とともにご紹介します。

 もともと八百屋さんだったこともあり、間口がとても広く開放感があります。天気の良い日は、50円均一や100円均一の本箱が、歩道にたくさん並びます。

 入って左手の新刊の洋書や絵本のコーナーです。近くにインターナショナルスクールがあり、思いのほか売れています。来店されるお客さんは、小さな子どもからお年を召された方までとても幅広いです。週末は、観光客、地元のご家族連れでとても賑わいます。

 並んでいる本のジャンルは多岐にわたります。英米文学、フランス文学、イタリア文学、南米文学、世界中の文学作品があります。詩集のコーナーも充実しています。田村隆一さんの詩集が5、6冊あったのが印象的でした。ともかく充実の書目が並びます。この雰囲気はなかなかお伝えできませんので、お近くをお通りの際はぜひ実際にご覧になってください。

 ちなみにこの日私が購入したのは、『街場のメディア論』(内田樹著/光文社新書)、『デレック・ウォルコット詩集』(徳永暢三訳/小沢書店)、『ジョルジュ大尉の手帳』(ジャン・ルノワール著/野崎歓訳/青土社)、そして『フェルナンド・ペソア 最後の三日間』(アントニオ・タブッキ著/和田忠彦訳/青土社)でした。


 最後に、渡辺さんと2、30分ほどお話しをさせていただきました。その一部をここに掲載します。書店に対する渡辺さんのお考えが忌憚なく述べられています。

────今年になって電子書籍の波がより強く押し寄せてきていますが、どう思われますか?

【渡辺】 どうもこうもあれは本ではありません。ボクは本屋さんなので、電子書籍を今後どうしていこうなどとは、まったく考えていないです。電子書籍にかかわらず、電子的なもの──たとえばネットやブログやツイッターやフェイスブックなど──をそもそも重視していないんです。ブログやツイッターなどにかける時間より、自分は実際に本に触れながら書棚に向き合う時間を大切にしたい、と思っています。

────とはいえ今やどんな小さな書店でもブログのひとつやふたつ持っているものです。そこには何か特別なお考えがあるのですか?

【渡辺】 いろんなメディアが身近にあって、さまざまな発信方法がありますけど、本屋にとっての一番のメディアはお店そのものなんです。その中でも特に書棚です。一見すると本が並んでいるだけのように見えますが、サーッと一瞥してみてくださいよ。背表紙や装丁や本の並びから発せられる情報が豊饒なことにお気づきになると思います。そして手に取ってみてください。当然その本の厚みや重さを感じますね。この感触もとても大切なんです。さらに中身を見てみるとその情報は多様に分岐し、どんどん連関していきます。何か情報を発信する必要があるのであれば、この書棚からしていけばいいんです。
 書棚づくりは、ボクにとっても実験につぐ実験です。まだまだいろんな可能性があると思っています。書店員がここを追究していかないで、いったい誰がするのでしょう。ここをおろそかにしてしまっては本末転倒です。

────ほかに「しまぶっく」の特色はありますか?

【渡辺】 ふつう多くの古本屋がしているお客さんからの買い取りを一切していません。ネット販売もしていません。ブログもしていません。ツイッターもしていません。ホームページももっていません。あとイベントもしていません。とにかくボクは愚直に本を仕入れて、書棚に並べ、お客さんの目の前で売っていきたいんです。
 先ほどのお話にも通じますが、これは身体としての書店、書棚、書物を信じているからなんです。ボクのこういった考え方の奥底には、今福龍太さんが昨年書かれた『身体としての書物』(小会・2009年)が流れています。もちろんボクなりの勝手な解釈も入っていますが、この著作の本質をできるだけ実感し、実験し、実践していきたいんです。『身体としての書物』は、書店員にとってアイデアの宝庫ですよ。
 この前までウチにも一冊あったんだけど、売れてしまいました。まだ読んでいない方がいらっしゃったら、ぜひ手にとって読んでいただきたい。オススメの一冊です。

────ちょっと話は戻りますが、一般的な古書店はお客さんからの買い取りを重視しますよね。売ることよりもまず仕入れることが大変で大切だと言われています。お客さんから買い取りをしないで、どのように仕入れているのですか?

【渡辺】 神保町を中心に、近郊の古本屋に毎日のように通いセドリをしてきます

────毎日セドリですか!?

【渡辺】 はい。体力的にとてもつらいです。でもこれが本当に楽しいんですよ。毎日のように神保町に行ってセドリをしていると、まれに通りかかった書棚から風が吹いてくることがあるんです。その風が吹いてくるところを見てみるとだいたい良い本があるんです。ボクはこの風を、本の島から吹いてきた島風だと言っているんです(笑)。一冊一冊の本が小さな島のようなものです。そこから島風が吹いてきて、ボクの頬をスーッと撫でていくんです。その島々をあつめて群島書店をつくりたい。これがボクの夢です。この島風、電子書籍からはぜったいに吹いてきません!
 昨年の9月ころABC六本木店で、今福さんの『群島──世界論』(岩波書店・2008年)という本に触発されて、この本で取り扱われている書物を集められるだけ集めてフェアをしたことがありました。その時は、本と本との間に蝶の標本をちょっとおしゃれに並べたりもしました。これがボクにとってのABCでの最後のフェアでした。とても好評でした。いまから思えばこのフェアが、ボクの書店員としての第二のスタートでした。
 こうして「しまぶっく」を開店しているのも『群島──世界論』という書物との出会いと、あのフェアを開催しようと思いたった一瞬のひらめきがあったからだと思っています。この一冊の本と一瞬のひらめきに、とても感謝しています。


【しまぶっく】
住所:〒135-0022 東京都江東区三好2-13-2
TEL/FAX:03-6240-3262
営業時間:11:00〜20:00
定休日:月曜日
※地下鉄清澄白河駅A3出口を左に曲がり「清澄通り」を進みます。そして左手の「深川資料館通り商店街」に入ります。東京都現代美術館方向に3、4分進むと右手に間口の広い「しまぶっく」が見えてきます。駅から5分ほどです。

 次回の更新日は、年も押し迫った12月28日を予定しています。楽しみにお待ちください。
(K)